2004年 5月

今日から                          
 毎日、何か、最低でも一言はアップしようと思い立ち、スタマ内に、こんな「ひとこと」な場所を作ってみました。
 どうしても忙しかったら『一日一善』などとしか書かない日もあるかもしれません。その『一日一善』さえもアップされていない日が、もしもあったとしたなら、よっぽど忙しいか、旅行か何かでネット環境の無い場所に行っているんだ、と思ってください。
5月1日(土)2004 快晴 


睡眠と記憶の関係 (薀蓄シリーズ1)                           
 昔は大学受験生に、「四当五落」(4時間睡眠なら合格し、5時間だと落ちるの意)なんて言ったものですが、実際のところ、遠い記憶を引っ張り出してきて自分の周りを見回してみると、睡眠を削って頑張っていた者で志望校へ合格したのはいなかったように記憶しています。そして、比較的最近の研究で、その理由が解ってきました。

 睡眠には、激しい眼球運動を伴うREM(Rapid Eye Movement)睡眠と呼ばれる浅い眠りと、ノンREM睡眠と呼ばれる深い眠りがあります。三十年程前までは、この浅い眠りであるREM睡眠は不要な物だと思われていました。実際に、人は睡眠を削っていくと、睡眠時にノンREMばかりが表れるようになります。つまり、まずREM睡眠が削られるのです。これは、ノンREM睡眠が、脳を休めるための睡眠であり、人はノンREM睡眠なしには数日間しか生きられないためです。

 ではREM睡眠は何のためにあるのか。実は、人が起きている間に脳に入ってきた莫大な情報を、脳はREM睡眠時に整理し、適正に処理しているのです。人の記憶は、一旦、脳の中にある、海馬と呼ばれる器官に蓄えられ、約1ヶ月の間に、繰り返し海馬へ入力された情報から優先的に側頭葉へ移行させ、長期記憶として定着させます。この作業がREM睡眠の間に行われているのです。

 つまり、睡眠不足なままでいくら勉強しても記憶は海馬の中を漂うばかりで、一ヶ月もするとせっかく勉強したことを全て忘れてしまうことになります。アインシュタインは毎日8時間以上眠っていたと言われていますが、起きている間に考えたことや、新しく調べた知識を整理し、脳の中で今までの記憶と有機的に結びつけるために必要な睡眠時間だったのかもしれません。

 睡眠の重要性は大学受験生だけでなく、資格試験など、さまざまな試験を受験する人にも言えるでしょう。正常な睡眠時、ノンREM睡眠とREM睡眠は1セット90分で現われます。外部からの刺激や気掛かりなどが無い状態で眠りに入り、理想的な睡眠を得られた場合でも、良質なREM睡眠の出現を妨げないためには最低でも3セット(4時間半)、入眠までの時間を考慮すると5時間以上の睡眠時間が必要だとのことです。

 また、睡眠によって、免疫力が高まり、病気にも掛かりにくくなりますが、アメリカでの統計によると、もっともガンに掛かりにくいのは、一日の睡眠時間が6時間の人で、それよりも多くても少なくても、発ガン率は高まるとのことです。睡眠が少なすぎると免疫力が落ちるというのは分かりやすいけれど、多くてもいけないというのはどういうことなのでしょうか。実は、その理由はまだ良く解っていません。ただ、個人的には、社会的な要因や病気との絡みもあるような気がします。

 これは、例えば、健康体なのに寝すぎた場合、その日の活動時間が減り、そのことが様々なストレスを生じさせる元になっているのかもしれないし、ある病気が原因で睡眠を多く取らざるを得ない場合は元々の免疫力が落ちているために発ガン率が高まった、とも考えられます。(免疫力が落ちる一番の要因は心的ストレスだと言われています)

 これらのことを考慮すると、一日に必要な睡眠時間には個人差があるにせよ、やはり、どんなに忙しくても6時間は寝るべきだという気がします。因みに、寝ている間に細胞レベルで身体を修復してくれる成長ホルモンの分泌や、生体リズムなどを考慮すると、夜10時半から朝4時半の間に睡眠を取るのが最も効果的だとのことです。

5月2日(日)2004 今日は7時間 


言い間違いの心理                           
 言い間違いというものは誰にでもあることですが、心理学的に言うと、言い間違いの中にこそ、その人の本音が隠されていることが多いのだそうです。

 例えば、ある日、田中さんという人から会社に、その日の病欠を告げる電話が掛かってきたとする。で、その電話を受けた人が、実際に病欠するのは田中さんなのにもかかわらず、他の人に「今日、山田さんが休むそうですよ」と伝えた、というような場合、それは単なる言い間違いではなく、実はその電話を受けた人が、心の底で山田さんを嫌っていて、今日休めば良いのにと思っていた、と言うようなことが多々ある、というような感じです。

 また、言葉ばかりでなく、ジェスチャーにも本音が表れると言います。ある解剖学者が鼻腔の話しをしているときに「鼻腔は大変複雑で、きちんと理解している人は世界で5人もいない」と言いながら、一本の指を差し出したそうです。そして実は、「世界でも理解しているのは自分一人だけだ」というのが本音だったとのこと。

 しかし、そのような思惑は何も無くても、言い間違いをしてしまうことはあるものです。そんなときには痛くも無い腹を探られるのかと思うと、心理学者や精神科医と話す機会があってもちょと遠慮したい気分にならなくもないですね。

 先日、私の父は狂牛病のことを猛牛病と口走っていたけれど、そこにも何か思惑があるんでしょうか。猛牛がスキ、とか…。

5月3日(月)2004 猛牛病 


時を戻す                           
 一般に、「過ぎた事はもうどうしようもないのだから、今現在と未来の事を考えろ。あのときこうしておけば…、などと考えるのは最もくだらないことだ」などとよく言います。確かに、今後に役立てるためのフィードバックとして必要な分以上に、過ぎた事をくよくよ思い悩むのは時間の無駄だし、自分の心にも良くないイメージを刷り込んでしまいかねません。人は自分の心(潜在意識)が持つイメージがそのまま行動にも表れてしまうので、自分が考える事柄に関しては十分注意しなくてはならないのです。

 しかし、「過ぎた事を悩むな」と言われても、なかなかそのようにはいかないのが人間なのではないでしょうか。10年、いや、せめて5年前に戻れたなら、あのときとは別の行動をするのだけれど…、と考えてしまうこともあるかもしれません。

 そこで想像してみてください。あなたは実は、今から10年後のあなたです。そして、どうしても10年前に戻りたいと切望していると、そこに神様が現れて、「そんなに戻りたいならば10年、時を戻してあげましょう、しかし、同時にこの10年間の記憶は消えてしまいます。ただし、同じ事を繰り返さないためのヒントだけは記憶に残しておきます。そのヒントは、”じっくりと『自分は何が好きなのか』を考え、『自分が何を本当にしたいのか』を明らかにしたら、そのビジョンに従って努力し、それをやり抜くこと”です」と言いました。

 そして気がつくと、あなたはこのサイトを読んでいます。つまり、そのときから見て10年前のあなたに戻って来たのです。

 今、「○○年前に戻れたら」と思うなら、おそらく人生のどの時点においても、そう思う瞬間はあるのでしょう。ならば、今の自分は、実はその、○○年前から戻って来た自分なんだ、と考えると、なんだか得をした気分になりませんか?そして、今からビジョン(自分の望む方向)に向かって少しずつでも進んでいけば、○○年後には本当にそうなっている、と実感できませんか。実感できたなら、あなたの描いたビジョンが実際のものとなるのは、意外と近い将来かもしれません。

5月4日(火)2004 奇跡は起きます 


本音を知るには                           
 心理学者の岩月謙司氏によると、他人の本音が知りたい場合、目を閉じ、その人の顔を思い浮かべて、心の中で知りたいことを質問し、その人がどう反応するかを想像するだけで、かなり正確に把握できるものだ、とのことです。にわかには信じがたいような話ですが、岩月氏はその理由を次のように説明しています。

 「人が誰かに会って話しをした場合、そこでやりとりされた情報の中で、言語によるものは10パーセントにも満たない。残りの90パーセント以上は、身振りや目線、会話の間などによる、非言語系の伝達手段によるものだ。自分の意識する心は、非言語情報を認識してはいないが、ちゃんと自分に伝達はされているので、相手の反応を想像することで自分の意識下に伝わっている相手の印象を引き出し、それによって相手の本音が分かる」

 岩月氏によると、人は、会って30分も話しをした相手に対しては、上のような方法で相手の本音を知るのに十分な量の非言語情報をやりとりしていると言います。

 個人的には、このやり方だけで相手を判断するのは危険だと思うし、実際にこの方法で得た印象だけで相手を判断するというような人もいないでしょうけど、重要な取り引きや、交際相手を選ぶ際の、「材料のうちの一つ」とすることくらいはできるような気がします。考えてみれば、人間以外のほとんどの動物は、非言語情報だけで相手を判断していますしね。

5月5日(水)2004 匂いも非言語情報 


過ぎたるは…                           
 過ぎたるは、なお及ばざるが如し(度を過ごすのは、程度に達しないのと同様によろしくない、の意)と言いますが本当にその通りだと思います。

 例えば、熱い風呂が好きだからといって、お湯をグツグツと煮えたぎる程の温度にしてしまってはバスタブに入ることすらできないし、夏の暑さが苦手だからといってクーラーの設定温度を下げすぎても風邪をひきかねない。自動車レースで勝とうと思ったら、アクセルばかりを踏んでいてはだめで、コーナーの手前で曲がることのできるギリギリの速度まで落とさなくてはコースアウトしてしまう。

 ここで気付くのは、最適な状態にするために、熱水と冷水、夏の暑さとクーラーの冷たさ、加速装置と減速装置、といういわばプラスとマイナスの要素を組み合わせているという事です。

 冒頭で挙げた諺は論語から来ています。論語と陰陽思想の繋がりは知りませんが、孔子の言葉を元に漢の時代まで掛かって完成した論語は、宋学から来る陰陽思想の影響も受けているであろう事は想像に難くありません。

 陰陽思想とは、陰と陽(つまり性質の相反するもの)をバランス良く組み合わせたときに新たなものが生じるという考え方です。熱い湯と冷水から心地よさが生じ、加速と減速から最速が生じ、男女から子が生じる。

 人の普段の生活も、休息と活動という陰と陽のバランスがうまく取れたときに、結果として最大限の効率や結果を生じます。

 ところで、この陰と陽は、最初から混ぜてしまうより、2つの独立した力として使った方が良い結果となります。仕事や勉強でも、やっているともやっていないともつかない感じでダラダラとやるより、猛烈な集中と休息を交互に繰り返した方が何倍も能率は上がるものだし、自動車レースでも、中くらいのスピードで一定の速度を保って走るより、スピードを出せる所と減速すべきところでメリハリを付けた方が、ラップタイムはずっと良いものになります。

 そういえば、陰陽を表す太極のマーク(太極図)も黒と白の組み合わせであって、決してグレー一色ではないですよね。

5月6日(木)2004 メリハリ 


インド人の想い出(1)                           
 私はインド人が好きです。インドには行ったこともないし、カースト制などの習慣や、伝え聞く衛生状態の悪さなど、インドという国に対してはむしろあまり良いイメージを持っていないにも関わらず、インド人には好感を持っています。それは昔、日本に住むインド人に親切にされたことがあるという、ただそれだけの理由から。

 あれは、私が大学院生の頃のことです。ある初夏の頃、当時住んでいた水戸から、東京との県境近くにある埼玉の実家まで戻る用事ができ、原付のスクーターで約140kmの道のりを帰ることにしました。JRの特急を使った場合は片道4000円近くかかる旅費が、スクーターならガソリン代約500円で済み、おまけに帰るのに要する時間も特急とほとんど変わらないというのがその理由でした。

 そして帰郷の日、昼間の暑さを避けるため、夜9時頃まで大学で研究をし、それからスクーターに乗って、実家への途につきました。国道6号線を走り、筑波の辺りに差し掛かったときに給油を促すランプが点燈しましたが、そこでは給油をしませんでした。スクーターのガソリンタンクの容量が小さいため、その辺りで給油すると、実家に辿り着く前にもう一度給油が必要となり、それが面倒に思えたからです。

 国道6号から横道へ入り、山越えをして埼玉を目指します。筑波の山を越えると、そこには24時間営業のガソリンスタンドがある、はずでした。しかし、その日に限って何故か臨時休業。雨も降り始め、気温も下がって来て、見渡す限り暗い田舎道が続いているばかり。ガソリンタンクの残りを考えると、あと30km程走ればガス欠。伸るか反るか。

 地図で次の町までの距離を見るとなんとか間に合いそうだったので、そこは進むことにしました。その途中で、いくつものガソリンスタンドを見かけましたが、夜中なので皆閉まっています。そして、いよいよ、いつガス欠になってもおかしくない、という状況になってきました。すると、取りあえず、ガソリンスタンドは無いけれど、コンビニを見つけたので、まず、腹ごしらえをすることに。

 コンビニの中はクーラーが効いていて、雨に濡れスクーターの風にさらされた私には耐え難い寒さだったので、買った食べ物を持って外へ出ました。幸い、もう雨は止んでいて、スクーターのシートに座りそれを食べました。

 ふと、気がつくと、コンビニの前の縁石に腰掛けている外国人がこちらを見ています。

 今日は思いの外長くなったので、続きはまたあした。

5月7日(金)2004 山越え 


インド人の想い出(2)                           
 ふと、気がつくと、コンビニの前の縁石に腰掛けている外国人がこちらを見ています。「コンバンハ」。目が合うとその人は訛りのある日本語で話し掛けてきました。

 その人は、インドから日本へやって来て、この近くで仲間4人と共に住んでいると言いました。飲みすぎたために夜風に当たろうと外へ出て来たのだとのこと。そして、働いていた工場で同僚と喧嘩をしたために工場をクビになり、やけ酒を飲んだのだと、その日飲みすぎた理由を私に話しました。

 私が自分の状況を話すと、その人は、それなら自分たちの家へ泊まったらいい、と言います。

 正直戸惑いましたが、「なに、殺されることはあるまい」と思い、好意に甘えることにしました。そして、スクーターを引いて、その人と仲間の住む家に向かって歩いていると、後方からクラクションが。振り返ると、仲間のインド人が車の中から手招きしているのが見えました。そして、我々はその車へ近づき、事情を話しました。

 車を運転していた人が、どうやらリーダー格のようで、日本語も上手でした。そして、「今から、預けてある自分の子供を引き取りに行くから、取り敢えず一緒に車に乗れ」と言います。話を聞くと、近くでスナックを経営している離婚した元奥さんに、自分が仕事から戻るまで子供を預けてあるとの事でした。

 そこで私たちも車に乗り込み、3人でそのスナックへ行くことにしました。スクーターは道の端に寄せ、しっかりとチェーンロックを掛けたのでぬかりなし。彼らがシートベルトをしないので、シートベルトをした方が良いと促すと「大丈夫ネ。私、免許も持ってないから警察に捕まったらどのみち同じ」。う〜ん。

 子供を引き取り、無事、彼らの家へ。そこは結構大きな一軒家でした。田舎なので家賃は驚くほど安いとのこと。中に入ると、そこには5、6人の男女が居ました。男女別々に家を借りて、各々4、5人ずつで住んでいるけれど、寝るとき以外は全員こちらの家に居るとのことでした。

 彼らは私にとても親切にしてくれました。雨に濡れた私の服を干し、代わりに清潔なトレーナーの上下を貸してくれ、布団も敷いてくれました。そして、先ほどのリーダー格の人が私に言いました。「我々は、明日の朝も早くから仕事へ出掛ける。でも、あなたは寝ていてくれてかまわない。朝起きたら、台所の物は何でも食べていい。好きなだけここに居て、好きなときに帰ればいい」

 私は丁寧にお礼を言い、そのまま直ぐに眠りに落ちました。次の日、私が目覚めると、昨晩コンビニで私に話し掛けてきた人と、もう一人の別のインド人の2人を除いて仕事に出ていました。私は、まだ寝ているその二人を起こさないようにそっと起き出し、水を飲みに台所へ。台所には、ご多分漏れず大量のカレーと香辛料が置いてあり、それを見た私は率直な感想を持ちました。「やっぱりインド人はカレー食べるんだな」。

 干してあった自分の服に着替えると、紙にお礼と当時私が住んでいた水戸の住所を書き、そのまま親切なインド人たちの家を出ました。時計を見ると午前9時を回ったところ。ガソリンスタンドも、もうやっているはず。

 昨晩、私がスクーターを停めた道路脇まではそこから1分もかかりませんでした。そして、その場所から2kmも戻ればガソリンスタンドが有ることを昨晩確認しています。そのガソリンスタンドは思惑通り、すでに開店していたので、ようやくガソリンを満タンにし、埼玉へ向かったのでした。

 以上が、私がインド人に好感を持つようになった理由です。「あなたは、ごくごく一部のインド人が親切だったという理由だけで、インド人全般に好感を持つのか」と問われたら、答えはイエスです。人間ってそういうものじゃないでしょうか。

 私は、とあるインド人に親切にされた、だから他のインド人にも親切にしたい。インド人に限らず、世界中で全ての人が、少しずつ他人に親切にしたら争いなんて無くなるんじゃないか、とも思います。実際には治安の問題なんかで、全ての人に親切にするのは危険な事もありますが、様子を見ながら、皆で、少しずつでも親切を示せる世界になればいいなと思います。

 あれから、あの人たちに会うことはありませんでした。みんなが元気で幸せでありますように。

5月8日(土)2004 カレー 


歯磨きの嘘とホント(蘊蓄シリーズ2)                           
 よく、「歯磨きは食後3分以内に、3分間、一日3回。そうすれば虫歯を予防できる」、なんて言いますよね。あれは全くのウソです。特に大ウソなのが「食後3分以内」のくだり。

 20年以上前に、東北大学の山田正氏らの研究グループが、食事と歯垢phの変化に関する研究結果を発表しました。それによると、食後ではなく、食事を始めてから3分以内にphが下がるのですが、それを当時早合点したある歯医者さんが、本に「食後3分以内…」と書き、その本がベストセラーとなってしまいました。そのせいで、冒頭の言葉のようなウソが、プロの歯科医を始めとした多くの人の間で信じられてしまうようになったのです。(リンク先、疑問22参照)

 もちろん、食後にも歯磨きをすることは、食べかすを除去する意味で悪いはずは無いと思いますが、件の山田先生によると食後以外にも、「歯垢を効率的に減らすと言う観点からすると、歯垢が最もよく増えやすい睡眠の前に細菌の栄養を少なくしておくために歯をみがき、歯垢が増えたあとの朝起きたときに歯を磨くのが良いのではないか」とのこと。

 また、細菌学の視点から言うと、起床直後の唾液1ccには糞便1gの、およそ10倍の細菌がいる、とのこと。これを知ってから、私は朝食前の歯磨きは絶対に欠かせなくなりました。恐いですね。思わず身震いしてしまう程…。

5月9日(日)2004 朝食前には絶対 


性(さが)                           
 先日のゴールデンウイーク中に、大学時代の友人達と飲みに出掛けたんですが、そのときにU40で撮った写真をiPhotoに取り込み、”アルバム”フォルダを作って整理しようとしました。フォルダの名前は”飲み会 2004 May”。(←味も素っ気も無いタイトル)そしてMayのMaまでキーボードを打った次の瞬間、左手の中指が、勝手にcを押していました。

 習慣とは恐いものです。私の左手にとって、M、a、ときたら、もうMacなんですね。Mayはあり得ない。その後、左手をなだめつつ慎重に"y"に打ち直し、事なきを得たのでした。

 だからどうした、と言われると困るんですが。

5月10日(月)2004 皐月 


ファインディング・ニモ観ました                           
 「『今日の一言』と銘打ってあるある割に、一言で済んだためしがありませんね」というメールをいただいたので、今日は本当に一言で纏めてみようと思います。決して、手抜きではありません。いえ、決して。

 では、行きます。「ファインディング・ニモは最初のシーンで泣きはぐると、中盤以降にはもはや泣けるシーンは無いと思う」

 理由は言いません。良い映画です。でも、個人的にはモンスターズ・インクの方が10倍泣けます。

5月11日(火)2004 快晴 


血液型について(蘊蓄シリーズ3)                          
 血液型による性格の違いって、個人的な経験から言うと明らかにあるように思うんですが、心理学の世界では、取り敢えず、性格は血液型によらないということになっているのだそうです。

 実は、我々が普段使っているABO式の分類での、それぞれの血液型の違いは赤血球膜上にある糖鎖の違いだけです。

 赤血球膜上には全て、H鎖糖鎖と呼ばれる抗原(血液型)を決定する糖鎖があります。で、そのH鎖糖鎖のさらに先に、A型抗原を作る糖鎖(N-アセチルガラクトサミン)をくっつけるための酵素を持っている人はA型、B型抗原を作る糖鎖(D-ガラクトース)をくっつけるための酵素を持っている人はB型、両方を持つ人はAB型、そして、そのどちらも無い人はO型となります。

つまりO型は、A、B、どちらの糖鎖もない(ゼロ型)という意味なんですね。

 この血液型の違いは、地球上のあちこちで生活していた人類の先祖がその環境に適応する過程で生じた、とする説があるのだそうです。ならば、血液型の違いが性格にも反映されている可能性は否定できないような気がします。実際に、生活や環境の影響をまだあまり受けていない幼児を観察すると、やはり血液型によって、ある程度違った傾向の行動をするようです。

 まあ、本当のところはどうなんでしょうね。

5月12日(水)2004 私はA型 


臭いものを嗅ぐ心理(蘊蓄シリーズ4)                          
 みなさんは臭いと分かっているものをわざわざ嗅いでしまうことってありませんか?私はあります。飼い犬の顔の匂いを嗅いでみたり、時計を外したあとの自分の腕を嗅いでみたり。黒柳徹子さんの自伝「窓際のトットちゃん」でも、トットちゃんが当時飼っていた犬の耳の臭いを嗅いで、「臭いけど、いいにおい」と言う場面があります。

 これって、人間が自分の嗅覚を守るための、無意識な行動なんだそうです。現代はみんな清潔になって、普段臭いものを嗅ぐことが少なくなり、臭いものを嗅ぎ分ける嗅細胞の働きが悪くなりつつある。ところが、人間が臭いと感じるものは、腐敗していたり、それに付随して腐敗菌が毒素を出していたりと、人間にとって避けるべきものであることが多い。

 もし、人間が臭い物を嗅ぎ分ける能力を失うと、種の保存の危機にもなりかねないわけです。そこで、人間は嗅覚の衰えを防ぐために、無意識に臭いものを嗅いでしまう。と、こういうことなんだそうです。

 だから、もしあなたが、密かに、臭い物を嗅ぐのが好きだと自負していたとしても、「自分って、ちょっとおかしいのかも…」などと悩んだりする必要なんて全く無いということです。トイレに行ったりする行為と同様、みんな多かれ少なかれやっている(はずの)行動なんですから。

 因みに、人間は、同じ匂いでも、その濃さによって良い匂いと感じたり、臭いと感じたりすることがあります。たとえば、私も大好きなコーヒーの香りの中には、二日酔いの吐臭と同じ成分が微量に含まれているそうですし、高級香料として高値で取り引きされている”アンバー”は、便そのものの臭いがするとのことです。

 その臭いアンバーを、ほんの少しだけ他の香料に混ぜると気品とコクのある芳香を放つ。入れ過ぎると臭い。正に、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」ですね。

5月13日(木)2004 臭くていいにおい 


成功を恐れる気持ち                          
 いわゆる”成功者”達の書いた本を読んでいて気付いたんですが、それらの人達は皆、異口同音に、「成功を阻む一番大きな障害は、自分自身による”成功を恐れる気持ち”である」というような意味の事を言っている。

 「成功して周囲の人達に妬まれたり、非難されたり、友人が去ったりするよりも、幸せでなくとも慣れ親しんだ現在の環境を好むという人が非常に多い」のだそうです。

 しかし、彼らは言います。「あなたの成功を妬んだり、それによって去って行ったりするような人物は、本当の友人ではないのだ」。たしかにその通りだと思います。

 成功を恐れる気持ちよりも成功したい気持ちが勝ったとき、人は本当の意味で努力し、迷わず目標へ向かって突き進んで行けるのかもしれません。それが、本当の勇気なのかな、なんて最近思うことがあります。

5月14日(金)2004 勇気 


半月                          
 この新コンテンツ、「今日の一言」、のコーナーを作ってから、今日でほぼ半月が過ぎましたが、ログを振り返ってみても、全然「一言」では無いですね。むしろ、表題を「今日のウンチク」かなんかに変えるべきかもしれません。

 この場合、選択肢は3つ。1.本当に一言で納める、2.表題を「今日の蘊蓄」に変える、3.気にしないで放っておく。個人的に蘊蓄、というか、豆知識の類が大好きなんですが、毎日豆知識を書くのは時間的に厳しいので2は却下。1.は、できそうもないので却下。ということで、気にしないことにします。

5月15日(土)2004 夏日 


Ciaccona(シャコンヌ)                          
 バッハのソロバイオリンのためのパルティータの中に、シャコンヌという曲があります。今日、iPodのシャッフル機能を使って曲を聴いていたところ、そのシャコンヌがかかりました。それは、私が大学学部生だった頃、大変お世話になった先生の研究室で時々掛かっていた曲でした。

 その先生の名は、薗田勲先生と言いました。当時、中央大学の哲学教授をされていて、理工学部で一般教養の哲学も担当されていました。私は”物理学をやる者は哲学をやって考え方の幅を広げておかなくてはならん”と考え、物理学科の有志数人と共に薗田先生の研究室のドアを叩いたのでした。

 先生のご専門と私達自身の専門とが全く異なっていることが逆に幸いし、薗田先生とは、かなり気楽なお付き合いをさせていただきました。夏には合宿と称し、先生のご自宅に皆でおしかけ、泊まり込んだりもしたものでした。

 我々が大学院へ進学しても、先生とのお付き合いは続きました。私のように他大学の大学院へ進んだ者も、東京へ戻る度に薗田先生の研究室を訪ねるのが慣習となっていました。

 '97年の夏に先生が倒れられ、丁度上京していた友人と、虎ノ門病院へお見舞いに伺いました。そのとき、先生は割とお元気そうに見え、我々と30分程ロビーで話をされて、帰りはエレベーターまで見送って下さいました。しかし、虫が知らせたのか、私はその夏に、もう一度先生を虎ノ門病院へ訪ね、更に少しお話をすることができましたが、それが、私が先生にお会いした最後でした。

 その時、私は、当時まだ61才であった先生がお亡くなりになるとは露程も考えていなかったので、「これから、先生が大学から退かれるまでの9年間(中央大学の定年は70歳です)に、先生は何をされるつもりですか」と訪ねてしまいました。

 後から奥様に伺ったところによると、その時点ですでに先生の余命は尽きかけていたとのことでしたが、先生は全く平然と、今後約10年のプランを語って下さいました。

 それから数日後、8月最後の日に先生は逝去されましたが、既卒生の名簿までは連絡の手が回らず、私が先生の訃報を知らされたのは9月も半ばの事でした。取り急ぎ友人達と示し合わせ、目白にある先生のご自宅を訪れました。そして奥様より、先生の蔵書と音楽CDを形見分けで頂きました。

 あれから、約7年の月日が流れましたが、今でも、シャコンヌを聴くと胸に迫ります。そして同時に、私が大学院に進学した時分、先生が送って下さった絵はがきに書かれていた言葉を思い出します。そこには、こうありました。

 「すべては挑戦への勇気と学問に対する愛情以外ありません」

 自分は、挑戦への勇気を持ち続けているだろうか。私はパルティータを聴きながら、そう自問するのでした。

5月16日(日)2004 師の恩 


好きな言葉(1)                          
 「世の中には、親以上に自分の幸せを願ってくれる人なんていくらでもいます」 岩月謙司 ('00)

5月17日(月)2004 真実 


好きな言葉(2)                          
 「実は、人生はあなたが『口に出した言葉』どおりに動いているのです」 

 佐藤富雄 ('95)

5月18日(火)2004 アファメーション 


心したい教訓(1)                          
 「時間を浪費するという過ちは、生涯を通してとりわけ犯しやすい過ちである。まるまる一晩が雑談や酒を飲むことに費やされる。一晩ぐらいなら短い時間のように思える。しかし人生を終え、永遠に旅立つときに、それらの積もり積もった時間がなんともったいなく思えることか。」

 John Todd (1835)

5月19日(水)2004 時の流れ 


心したい教訓(2)                          
 「思いの種を蒔き行動を刈り取り、行動の種を蒔いて習慣を刈り取る。習慣の種を蒔き人格を刈り取り、人格の種を蒔いて、人生を刈り取る」

 アメリカの格言

5月20日(木)2004 何を蒔くか 


心したい教訓(3)                          
 「一時間といわず、一日のうち十五分でもいいから自己修養に向けてみるがいい。一年後にはきっと確かな効果が表れるはずだ」

 スマイルズ (1858)

5月21日(金)2004 継続の力 


D70欲しい                          
 最近、Nikonのデジタル一眼レフ、D70が気になっています。買ったとしても、使う機会は少なそうなので、実際に購入するかどうかは分かりませんが。今日、有楽町のビックP館で実物を見て、その”道具然”とした佇まいに、子供の頃に憧れたNikon F-3とイメージをダブらせワクワクしました。

 中学生の頃、”NASAでも使われている”Nikonとニッコールレンズを、どうしても使ってみたくて、伯父からNikon Fと70mm-200mmズームレンズを借り出し、白黒写真を撮っていたことを思い出しました。

 ここで、誰かが私の耳元で「そんな高級品買って何撮るの?」と囁いて私の目を覚まさせてくれないと、近いうちにレジにカードを差し出しているかもしれません。

5月22日(土)2004 ある意味危険 


漱石な一言                          
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

5月23日(日)2004 草枕 


心の二重性                          
 あなたの心は一つですが、しかしその心は二つのはっきりと別な特徴を持っています。この心の二つの機能は「意識」と「潜在意識」と呼ばれ、区別されています。「潜在意識」に一旦浸透した考えは必ず現実の状態になって表れます。

 あなたは自分の習慣的な考え方に基づいて一日中あなたの潜在意識に種子(「考え」のこと)を蒔いています。あなたは自分の潜在意識にどんな種子を蒔いたかに応じて、自分の身体や環境という形で収穫を得るのです。

 ですから、平和、幸福、正しい行為、善意、繁栄という考えの種子を蒔き始めてください。このような素晴らしい種子をあなたの心に蒔き続けてください。そうすればあなたはすばらしい収穫を得られるでしょう。

Joseph Murphy (1963)

5月24日(月)2004 考えという名の種子 


心したい教訓(4)                          
 人生レースは長いのです。いま負けているからと焦ったり、敗北感を感じる必要は少しもありません。人生はその人の考えたとおりになりますから、焦ったり敗北感を感じていればそのような結果になる可能性は大きいと言えます。

「今は負けているな」と思っても、プラス思考で夢を持ち、願望の実現を信じて明るく元気に努力を惜しまなければ、必ず幸運の女神は微笑んでくれます。

重茂 達(おもい とおる) (2002)

5月25日(火)2004 陽気 


心したい教訓(5)                          
 私のやり方は、たとえばドイツ語を学ぶとしたら、三ヶ月でマスターするか、一生やらないかのどちらかだ。やるとなったら徹底してやる。

  J. P. Morgan

5月26日(水)2004 集中 


好きな言葉(3)                          
幸福へ続く道はない。幸福こそが道なのだ。

Wayne W. Dyer   

5月27日(木)2004 道 


おバカ企画、告知。                          
 数年前、インターネットで『ドラえもんの最終話』のデマがまことしやかに流れていました。その中には、ハッピーエンドのものもあれば、そうでないものもあり、また、なかなか感動的だなと思わせるものもありました。

 私は個人的に、『感動的な最終話』が好きでしたが、その手の話って小さな矛盾がいくつもあるんですよね。まあ、どのみち適当な作り話な訳ですが。でも、気になると言えば気になる。

 そこで、近いうちに、この「今日の一言」で、その『感動的な最終話』のリメイクをやりたいと目論んでいます。ただし、もっと話を緻密にし、論理的な矛盾も極力排するような感じで。しかも、数日間に及ぶ連載もの。

 かなりおバカな企画ですが、やります。近日開始予定。

5月28日(金)2004 ドラ 


心したい教訓(6)                          
 自分ができると思おうが、できないと思おうが、あなたは正しい。

 Henry Ford

5月29日(土)2004 視点 


心したい教訓(7)                         
 起こったことは、すべてこれでいいんだと受け入れるのです。なぜいいのかなどは、考えなくてもかまいません。「これでいいんだ」と口に出してしまえば、あとは脳全体がパワーを全開させて答えを探し、それでよかったという結果にしてくれるのです。

 佐藤富雄

5月30日(日)2004 これでいいんだ 


好きな言葉(4)                         
 大好きな事をすれば、おのずから成功する。

 Jim Donovan

5月31日(月)2004 好きな事 


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