2004年 6月(前半)

ドラえもん最終話リメイク (連載第1回)                         
 さて、5月28日の「今日の一言」で告知していた、「ドラえもん最終話、リメイクシリーズ」を、いよいよ今日から始めたいと思います。では、はじまり、はじまり。
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 「のび太くん、もう起きないと遅刻するよ。のび太くん、ねえのび太くんったら」
幸せそうにニヤけながらハナちょうちんを出しているのび太を揺り起こそうとするドラえもん。だが、のび太の方は、一向に起きる気配もみせない。だらしなく舌まで出して布団に抱きついている。やれやれだ。
「…しずかちゃーん」
もう何をしても起きそうもないのび太にドラえもんは業を煮やし、少し困った表情で四次元ポケットへ両手を突っ込むと何やらテレビのような機械を取り出して、それをのび太の方へ向ける。スイッチを入れると、のび太が今見ている夢が映し出された。

 「のび太さん、あ〜ん」
「しずかちゃん、もう食べられないよう」
・・・・・・。
「ちょっとかわいそうだけど仕方ない」
そう呟いたドラえもんがコンソールに何やら打ち込むと、のび太の夢が変わった。
「のび太さん、あ〜ん」
セリフこそ同じではあるが、そこに表れたのはジャイ子だ。声も2倍ほど野太い。
「うわっ、何?なんで?どうして?」
夢の中で慌てるのび太。そこに突然、ジャイアンが登場。
「おい、ジャイ子の料理が食えないって言うんじゃないだろうな。おれの妹じゃ不服だとでも言うのか、のび太?」
泣き出すジャイ子に、バットを持ってのび太を追いかけ始めるジャイアン。逃げ惑うのび太。よし、チャンスは今だ。
「のび太くん、ほら、起きて」
「わー!」
のび太が両手を上げて、布団から上半身を跳ね上げた。
「のび太くん、おはよう。もう朝だよ」

「ああ、ドラえもん」
ドラえもんの方を一瞥するのび太。そして、その横にある機械に気付き、ドラえもんが何をしたのかを悟った。
「ドラえもん!ひーどいーじゃないかー!」
のび太がこぶしを握って抗議する。
「のび太くん、そんなことより遅刻遅刻!」
ドラえもんの言葉に、枕元にあった目覚まし時計を確認して、のび太の顔色が変わる。
「わっ、大変だ!」
のび太は布団から飛び出すと、大急ぎで着替えながらドラえもんに喚いた。
「どうしてもっと早く起こしてくれなかったの!?」
「何をしても、きみは起きなかったんだよ」
呆れ顔で応えるドラえもん。のび太はランドセルを掴むと、転がり落ちるように階下へ降りてく。
「いってきまーす」
大急ぎで歯を磨き、パンを口に挟むと、ドラえもんの心配そうな顔を尻目に、のび太は家から駆け出して行った。

6月1日(火)2004 いつもの朝 


ドラえもん最終話リメイク (連載第2回)                         
 「うわー、また遅刻しちゃうよ」
全力疾走するのび太。だが、学校までの道のりの3分の1も行かないところで息が上がり早くも失速。膝に両手を突いて息を整える。朝だというのに、初夏の太陽がジリジリと、のび太のうなじを照りつけている。
「ウ〜」
そのとき不意に、何かのうなり声が聞こえた。おそるおそる顔を上げるのび太。すると、大きなブルドックがそこに居て、のび太を狙目つけている。
「ウ〜、ワンッ、ワンッ」
「わー、犬だ!」
駆け出すのび太に追いかける犬。息が上がっていたのも忘れ、のび太はやたらめったら走った。そして、どこをどう走ったのか、ようやく学校の校門が見えきた。気がつくとブルドックはいつの間にか消えていた。

 「野比、野比は居ないのかー?」
そのとき、のび太が教室に駆け込んできた。
「はい!先生!居ます居ます!」
「こら、野比。もう少し早く来ないとダメだぞ」
先生も呆れ顔だ。だが、犬に追いかけられたお陰で、どうやら遅刻は免れたようだった。
ホームルームが終わると、しずかちゃんが話しかけてきた。
「のび太さん今朝はどうしたの?」
「いや、ちょっと寝坊しちゃって」
「のび太はいつも遅刻ギリギリじゃないか、気にしても仕方ないよ、しずかちゃん」
スネ夫が意地悪そうにニヤニヤしながら口を挟む。
「スネ夫さん、そんなこと言ったらのび太さんがかわいそうだわ。きっと、今日のテストのお勉強をしていて、昨日は寝るのが遅かったのよ。ね、のび太さん?」
「のび太が勉強?まさか!」

「テスト?ああ、テストね、そうそう…」
適当に相槌をうつのび太。ああ、そうだ、今日は社会のテストがあるんだった。マズイなー、何もやってないよ。社会って、今日の一時間目じゃないか。どうしよう。

 始業のチャイムが鳴り、ホームルーム後、一旦職員室に戻っていた先生が、テスト用紙を持った社会科係りを伴って教室へ入って来た。

6月2日(水)2004 HR 


ドラえもん最終話リメイク (連載第3回)                         
 「あー、今からテストをするが、その前に、前回の答案を返すから、名前を呼ばれたら前まで取りに来るように」
先生が答案用紙の束をめくりながら、一人一人に手渡して行く。一通り全員に採点された答案が返されると、先生はクラスを見回して言った。
「今回は全体的に良くなかった。ちゃんと予習と復習をしなくちゃいかんな」
全体的に良くなかった、という先生の言葉に少しホッとしたのび太は左隣に座っているしずかちゃんに耳打ちした。
「しずかちゃんは何点だったの?」
「えー?恥ずかしいわ」
のび太は、しずかちゃんも点数が悪くて恥ずかしいのだと勘違いした。
「ねぇ、教えてよー。ぼくも恥ずかしい点数だから大丈夫だよ」
えー、そうなの?と言うしずかちゃんの点数を盗み見るのび太。そこには98と書かれていた。
「きゅ、98てん?!」
「ええ、のび太さんは?」
「ぼ、ぼくは、いいじゃない?」
焦りまくるのび太。しずかの目に触れないように、テスト用紙を裏返しにして後ろへ隠す。すると、それを後ろの席のスネ夫がかすめ取った。
「のび太、3点だってさ〜」
「ははは、3点かよ、ははは」
スネ夫とジャイアンが意地悪そうに笑う。うなだれるのび太。
「よしなさいよ。二人とも」
「こら、お前達何やってるんだ!」
先生がやってきて、騒いでいたスネ夫とジャイアンを睨む。
「お前達も野比の事を笑えるような点数じゃなかったぞ」
「スミマセン、先生」「反省してます」
と、スネ夫とジャイアン。先生がスネ夫の手から答案を取り上げ、のび太へ返す。
「野比と骨川と剛田は同じ点数だった」
先生の言葉に教室が沸く。
「こらこら、お前達、笑い事じゃないぞ。今回は本当に皆、良くなかった。何なら、全員の点数を読み上げてもいいんだぞ」
教室が静まり返る。
「今回、満点だったのは出来杉だけだった」
お〜、という静かな歓声と共に、皆の視線が一斉に出来杉に向けられた。顔を赤くして照れる出来杉。
「よし、それじゃあ、今日の分のテスト用紙を配る」

 その日、簡単なはずの小テストで頭を抱えるのび太が、確かにその教室に居た。

6月3日(木)2004 テスト 


ドラえもん最終話リメイク (連載第4回)                         
 放課後。のび太は教室で自分の席に座ったまま背をまるめ、何やらやっている。
「のび太〜!まだ、こんなところに居やがったのかよぉ!今日は野球やるって言っただろ!」
ジャイアンがバットを手に教室へ入って来るなり喚いた。だが、のび太はジャイアンの声も耳に入らず、何かに熱中したままだ。
「おい、コラのび太!聞いてんのかよ!」
ジャイアンがのび太の背をど突く。前につんのめり、のび太は額を机に打ち付けた。
「ああ、ジャイアン。何するんだよ、もうすぐ新作が完成しそうだったのに!」
見ると、のび太の手元には崩れた綾取りの赤い毛糸がまるまっていた。
「野球だって言ってんだろ!早くしろよ!」
「もう、ジャイアン!綾取り壊れちゃったじゃないか!謝ってよ!」
のび太が珍しく言い返した。
「なんだとのび太〜」
のび太を睨むジャイアン。
「分かった、分かったよ、ジャイアン。すぐに行くからさ」
「おう、すぐ来いよ。遅れたらひどいからな」
ジャイアンは踵を返すと、バットを肩に、意気揚々と教室から出て行った。

 「のび太!ここで打たなかったら承知しないからな!」
9回の裏ツーアウト2、3塁、ジャイアンズは相手チームに対し、1点ビハインド。
「ワンストライク!」
のび太はボールとバットが30cmも離れてスウィングしている。
「こら、のび太、ボールをよく見ろって言ってんだろ!」
ジャイアンの怒号が飛ぶ。
「ツーストライク!」
今度はボールがキャッチャーミットに入ってからの大振り。
「のび太くん、落ち着いて!ピッチャーの腕の振りを見てタイミングを掴むんだ!」
今日ソロホームランを放っている出来杉が、のび太にアドバイスする。ピッチャーが振りかぶり、投げた。ド真ん中ストレート。目を閉じたまま、ガムシャラにバットを振り回すのび太。ボールがバットに…当たった!だが、ボテボテのピッチャーゴロ。
「ゲームセット!」

 試合終了後、グラウンドでミーティング。ジャイアンは怒りを抑えきれない、といった様子だ。それでも、なんとか監督兼エースらしく話しを始める。
「今日のような負け方は、まことに遺憾だ」
ジャイアンが下を向いているメンバーを見回す。
「特に、足を引っ張る誰かのせいで…」
ジャイアンが爆発寸前なのは誰の目にも明らかだ。のび太は傍らに置いてある自分のランドセルを掴み、逃げる準備をする。
「コラのび太〜!おまえのせいなんだよ〜!」
ついに爆発し、バットを振り回しながらのび太を追いかけ始めるジャイアン。全力疾走で逃げるのび太。
「待て〜!の〜び太ぁ!」
「わ〜!」
のび太は逃げ足だけは速かった。ジャイアンから逃げつづけ、ギリギリのところでようやく家へ逃げ込むことに成功した。
「の〜び太ぁ!明日覚えてろよな!」
玄関越しにジャイアンの声を聞きながら、のび太はホッと胸を撫で下ろした。

6月4日(金)2004 綾取り、野球 


ドラえもん最終話リメイク (連載第5回)                         
 「ただいま〜」
のび太は靴を脱いで家に上がる。
「おやつはテーブルの上にあるわよ。手を洗っていただきなさい」
台所で夕飯のしたくをするママの声を聞きながら廊下を歩き、洗面所で手を洗う。居間に入ると、テーブルの上にドラ焼きが置いてあった。
「よし、これでドラえもんに助けてもらおう」
今日の野球の事をジャイアンに忘れさせようと考えたのび太は、ドラ焼きを持って階段を上がって行った。自分の部屋の入り口を勢い良く開けるのび太。
「ドラえもんただいまー」
返事が無い。部屋を見回すと、ドラえもんは押入れの方を向いて座っていた。
「あれ?居るんじゃないか。ただいま、ドラえもん」
ドラえもんの肩を軽く叩くと、そのままドサッと音を立てて畳の上へ横倒しになった。何かの冗談だろうか。のび太はドラえもんを揺すってみた。が、何の反応も無い。スイッチが切れているのかも知れないと考えて、何度かシッポのスイッチを押してみる。
「ドラえもん!、ドラえもん?、ドラえもん!!」
のび太は、窓から深く差す夕刻の太陽に照らされたドラえもんをいつまでも揺すっていた。

 「のび太、ご飯よー」
階下から呼ぶママの声に、のび太が我に返った。いつの間にか、辺りはすっかり暗くなっている。
「ドラえもんが故障した!助けを呼ばなくちゃ」
のび太は机の引き出しを開けてタイムマシンに飛び乗ると、22世紀へと急いだ。

 「ドドド、ドラミちゃーん!」
ドラミが住むアパートの、クローゼットからいきなり飛び出してきたのび太。
「あら、のび太さん。どうしたの?」
驚いた様子のドラミに、のび太が状況を説明する。
「分かったわ。今から一緒にのび太さんの部屋へ行きましょう」
のび太が乗ってきたタイムマシンをオートモードでのび太の部屋へ帰すと、二人はドラミのタイムマシンに乗り込み、のび太の部屋へと急いだ。

6月5日(土)2004 ドラえもん 


ドラえもん最終話リメイク (連載第6回)                         
 ドラミのタイムマシンは、ドラえもんのものよりも高性能な22世紀の最新型だ。ドラえもんのタイムマシンが、机の引き出しやクローゼットの扉などにその出入り口を偽装したタイムトンネルの内側だけを移動するタイプであるのに対して、ドラミのタイムマシンは任意の場所に空間の歪みを作り出し、どこにでも出現することができる。また、ドラえもんのタイムマシンは、カーペットのような形をしていて、人はその上に乗るだけというものだが、ドラミのものはチューリップのような形をした乗り込み型である。その高性能なドラミのタイムマシンが、21世紀初頭の、のび太の部屋へ現れるのに、たいした時間はかからなかった。
 チューリップ型のタイムマシンから、のび太とドラミが駆け出て来る。
「お兄ちゃん!」
ドラミが声を掛けても、やはりドラえもんは動かない。のび太がしきりに心配そうにしている。ドラミはポケットからロボット用診断装置を取り出して、先に吸盤のようなものが付いたチューブを何本もドラえもんに取り付けてゆく。ドラミが装置を操作すると、画面にデータが表示され始めた。
 「ドラミちゃん、ドラえもんは大丈夫なの?」
ドラミは真剣な表情でそのデータを読み取っている。
「ねぇ、ドラミちゃん」
のび太の問いかけに、答えるともなく、ドラミが言った。
「原子炉が止まってる…」
そして、のび太に振り返った。
「のび太さん、おにいちゃんを22世紀の工場へ運びましょう。今すぐに」
ドラえもんをドラミのタイムマシンに運び込み、ドラミとのび太もタイムマシンに乗り込むと、チューリップのドアが自動で閉じた。

 「ドラミちゃん。ドラえもん、悪いの?」
操縦席に座っているドラミにのび太が問いかける。チューリップの窓の外は、ハイパースペースがもの凄い勢いで流れているのが見える。
「原子炉が動いていないの。普通なら原子炉を交換するだけで直るんだけど…」
のび太はもう何も訊かず、ただ祈るような気持ちで、窓外のハイパースペースを眺めるのだった。

6月6日(日)2004 未来へ 


ドラえもん最終話リメイク (連載第7回)                         
 22世紀のネコ型ロボット工場。ドラミから超時空通信で連絡を受け、待機していた修理担当クルー達の目の前に、突然、空間を歪めながらドラミのタイムマシンが現れた。チューリップのドアが開くと同時に修理クルー数名が担架を持ってタイムマシンへ駆け込み、ドラえもんを収容すると直ちに工場の奥へと消えて行った。
「ドラえもん!」
のび太とドラミもそれを追いかけようとしたが、警備ロボットに制止される。
「修理ラボ内部は企業秘密です。しばらくの間、待合室でお待ちください」
「ドラえもん…」

 警備ロボットの後について待合室へ向かう。工場内の通路を移動中、聞き覚えのある声にのび太とドラミは振り返った。
「おじいさん!」
「セワシくん!」
セワシとは、のび太の子孫でドラえもんをのび太に送った張本人である。
「さっきドラえもんが故障したって聞いて、駆けつけて来たんだよ」
「セワシくんにも連絡しておいたの」
ドラミがのび太に説明する。
「それで、どうなの?ドラえもんの具合は」
うなだれるのび太。
「原子炉、みたいなの」
「なんだ、原子炉か、それなら大したことは…」
と言いかけて、セワシがハッと青ざめる。
「それって、ドラえもんの場合は…」
それきり黙りこんだセワシと共に、のび太とドラミは待合室のソファーで、ただ待っていた。一言も発することなく。

6月7日(月)2004 ロボット工場 


ドラえもん最終話リメイク (連載第8回)                         
 やがて、待合室のドアが静かに開いた。のび太、セワシ、ドラミの視線が一斉にそちらへ向く。見ると、そこには白衣を着た白髪の、小柄な老人が立っていた。
「猫田博士…」
ドラミが呟く。
「やあ、ドラミ君、久しぶりだね」
「あの、こちらはネコ型ロボット統括センター長の猫田博士」
ドラミは、のび太とセワシに振り返って説明する。
「ドラえもんの事なんだが…」
「ドラえもんは直るんですよね?!」
のび太の言葉に、一瞬ためらってから、猫田は話を続けた。
「直る、とも言えるし、直らないとも言える」
「メモリ…ですね」
セワシが顔も上げずに呟いた。猫田が頷く。
「今回のドラえもんの故障は原子炉だけだ。本来なら、ネコ型ロボットの原子炉が故障しても原子炉ごと交換すれば何の問題も生じないが、ドラえもんの場合は、原子炉を交換するために一瞬でも原子炉を取り外すと、今までの記憶が全て無くなってしまう」
「耳が…無いから」
「その通りだよドラミ君。普通のネコ型ロボットは、耳に記憶保持のためのバックアップバッテリーが収納されている。耳のバッテリーの容量はほんの僅かだが、原子炉を交換する間位は記憶を保つことができる。しかし、ドラえもんには耳が無い」
「でも、原子炉は止まってしまっているんでしょう?今のところ、ドラえもんの記憶は、大丈夫なんですか?」
猫田はセワシに視線を向けた。
「うむ、今のところは大丈夫だ。原子炉の中にある燃料電池が作動しているからね。このまま放っておいても、記憶の方は、あと30年は大丈夫だろう。だが、燃料電池だけでドラえもんを駆動した場合、せいぜい3日でエネルギーを使い果たす。そうなったら、ドラえもんの記憶は永久に失われてしまうことになる。そうならないために、ネコ型ロボットは原子炉が止まると自動的にスリープに入るように設計されているんだよ」
「何か方法は無いんですか?現在止まってる原子炉を外さずに、一旦、別の原子炉を同時に繋いでおいて交換するとか…」
ドラミが口を挟む。のび太は全く会話について行けていない。
「ドラえもんの原子炉は小型核融合炉だ、一つが停止しているからと言って、同時に二つ繋ぐような危険は犯せない。場合によっては、ここを中心とした半径数百キロが吹き飛ぶことになる。バックアップの電源を繋ごうにも、ドラえもんは製造過程におけるブラックボックスが多すぎて無理なんだよ。これは、ドラえもんの類似品を作られないための配慮なのかもしれないが、ドラえもんの設計者以外は誰もその方法を知らないのだ」
「耳を、もう一度つけたらどうですか?」
と、これはのび太。猫田は首を横に振った
「ネコ型ロボットの耳は、その個体が作られるときにバイオ技術で自己成長させて自動生成する。後から付けられる類の物ではないんだ」
「タイム風呂敷で、耳が無くなる前までドラえもんを戻したら?」
と、これものび太。ドラえもんの事となると、頭の回転が速くなるらしい。
「同時に、ドラえもんの記憶も、その頃の物に戻ってしまうけれどいいのかい?タイム風呂敷は、実際の生き物の時間を戻す場合は記憶の混乱を避けるために元の記憶を残すが、ロボットは記憶も含め、時を戻した分、全て元に戻ってしまうんだよ」

6月8日(火)2004 ドラえもんの記憶 


ドラえもん最終話リメイク (連載第9回)                         
 黙り込む一同。暫くの間、誰も言葉を発さなかった。
「ドラえもんの設計者に頼んで、直しては貰えないんでしょうか」
重い沈黙を最初に破ったのはセワシだった。
「さっき、猫田博士は、ドラえもんの設計者以外は誰も方法を知らないって言ってましたよね。なら、ドラえもんの設計者に頼めば…」
猫田は静かに首を振った。
「ドラえもんの設計者はもう亡くなっているんだ。しかも、生きていたときからその人に関する事柄は全て重要国家機密とされていた。だから、タイムマシンで会いに行くこともできないんだよ。さらに、噂によると、その人の周りの時空は、常にタイムパトロールが厳重に監視しているらしい」
「タイムパトロールが…。でもなぜ?」
「パラレルワールド、というのを知っているかね?」
セワシの質問に、逆に猫田は質問で返した。一同が猫田の顔を見た。
「例えば、ここに、ケーキが一つあったとしよう。そして、ドラミ君が、このケーキを食べようかどうか迷っていたとすると、次の瞬間には、ドラミ君がケーキを食べることを選択した世界と、食べなかった世界が同時に存在することになる。これがパラレルワールドだよ。我々人類にとって、ドラミ君がケーキを食べようが食べまいが大した問題ではないが、これがもっと重要な決定だったら、自分達の世界が、悪い方の決定をした結果生じる世界に移行しないように十分注意しなくちゃならない。ただし、歴史をねじ曲げることは時空法によって禁じられているから、それぞれの時代のタイムパトロールが、それぞれの時代を監視するシステムになっているのだけれどね」
ポカンとした顔で猫田を見つめる一同。
「いや、つまり、ドラえもんの設計者は、なんらかの形で歴史に係わっているんだろうってことさ。もしかしたら、ドラえもんの設計者の名前が公表されると、ドラえもんの発明自体が無くなってしまうようなことにさえなるのかもしれない。もしそうなら、タイムパトロールがやっきになって秘密を守ろうとするのも頷ける。ドラえもんタイプのネコ型ロボットの活躍で、かつて、危機的な核戦争が回避されたことがあったのだ。つまり、ドラえもんが発明されなければ、人類そのものの存続が危うかったということだ」

6月9日(水)2004 パラレルワールド 


ドラえもん最終話リメイク (連載第10回)                         
 一呼吸おいてから、猫田は3人を見回し、言った。
「ネコ型ロボットはヒト密着型のトモダチロボットだ。人の心に深く入り込み、家族同然になる。だから今までの記憶が無くなるというのは、非常に辛いことだろう。だが、今言ったような理由で、ドラえもんを直すには、他に方法が無いんだよ」
下を向いて黙っていたのび太が、顔を上げた。
「ドラえもんに会わせて下さい」
戸惑う猫田。
「だが、ドラえもんは…」
「ええ、動かないのは分かっています。ただ、ドラえもんに会いたいんです」
一瞬猫田は考えてから、言った。
「よかろう、ではついて来たまえ」
のび太、セワシ、ドラミの3人は、猫田の後に付いて待合室を出た。工場の長い直線の廊下を暫く歩くと、警備ロボットが入り口を固めている扉の前で止まった。そこが、修理ラボへの入り口である。本来、修理ラボへ一般の人間が入ることは許されていないが、猫田が警備ロボットに二言、三言話すと、すぐに、のび太達にも入場が許された。

 修理ラボエリアは思いの他広かった。入り口を入ると、まず中庭のように大きく開けた空間があり、そこに、小さな建物がいくつも建っていた。のび太達は猫田に付いてその中の一つのビルに入る。エレベータに乗ると猫田は191階のボタンを押した。外からは精々3階建て程度にしか見えないビルだったが、どうやら中は四次元構造になっているらしい。
 軽い加速度を身体に感じながら、エレベータが上昇する。だが、その途端に減速Gに転じ、エレベータが止まった。エレベータの階数表示は191。もう到着したということか。エレベータから降り、そこから100m程壁伝いに歩くと、あるドアの前で猫田は止まった。

6月10日(木)2004 修理ラボ 


ドラえもん最終話リメイク (連載第11回)                         
 猫田に促されて、ドアの中に入るのび太、セワシ、ドラミの三人。そこは30畳程の薄暗い円形の部屋で、部屋のほぼ中央にある手術台のようなものだけが、スポットライトの灯りに照らし出されていた。
「ドラえもん!」
台の上にはドラえもんが横たわっていた。駆け寄るのび太。ドラえもんは腹部のカバーが外されたままで、そこから内部の機械が見える。のび太には、ドラえもんが僅かに微笑んでいるように思えた。
「ドラえもん…」
のび太は、台の上のドラえもんに触ろうと手を伸ばしかけたが、途中で思い留まって、その手を戻した。そして
暫くの間、のび太、セワシ、ドラミの三人は、無言でドラえもんを見つめていた。

やがて、猫田が近寄ってきて、言った。
「今の君たちに、こんな事を言うのは酷なのは分かっているが、ドラえもんを修理するなら、これにサインをしてもらわなくてはならないんだ」
見ると、それは修理に伴う、ドラえもんの記憶の喪失に関する同意書だった。
「ドラえもんの通常使用者は…、つまり、普段使っているのは誰だね?」
通常使用者。この言葉にのび太は少なからず戸惑いとショックを覚えた。ドラえもんは友達だ。僕が使っている機械なんかじゃない、と。そのとき、ドラミが静かな、だが、良く通る声で言った。
「のび太さんです」
ドラミが、猫田にのび太を示す。
「それでは、これにサインをしてもらえないだろうか」
のび太は戸惑った。ドラえもんの記憶が消えてしまったら、今までのドラえもんはどこへ行ってしまうのだろう。
「今すぐじゃなきゃ、だめですか?」
セワシが助け舟を出す。
「今すぐでなくても良いが、結論を延ばせば延ばすほど辛くなるだけではないかな。それならば、今直ぐに修理して、また新たにドラえもんとの生活を始めた方が、ずっと幸せになれるんじゃないかと私は思う。これに、サインをすれば、20分後にはドラえもんと一緒に帰ることができるんだよ」
「でも…」
「ぼくに、ペンを下さい」
セワシが何か言いかけたときに、のび太はそれを遮って言った。
「ぼくの気が変わらないうちに…、早く!」

6月11日(金)2004 決断 


ドラえもん最終話リメイク (連載第12回)                         
 のび太は猫田の用意したペンを取り、書類にペン先を押し付けた。のび太の手が震えている。
「おじいさん!本当に、それでいいの?!」
セワシが叫ぶように言う。
「だって。だって、もうドラえもんに会えないなんて、ぼくには耐えられないんだよ!」
のび太はそう言うと、目をつぶったまま一気に自分の名前を書いた。

 野比のび太。ドラえもんの記憶が失われることに対する同意書に、確かにその名前が書かれた。その見返りは、元気なドラえもんの姿。猫田はその書類を見て、言った。
「それでは、修理を開始しよう」
セワシもドラミも言葉を発しない。猫田はガラスで隔てられたコンソールルームへ入って行くと、スピーカーのスイッチを入れ、ガラス越しにのび太へ指示を出す。
「このような場合、記憶の消去は”使用者”が行うことになっている。辛いだろうが、自分でやることだ。そうしないと、君自身が過去を断ち切ることができずに後々苦しむことになる。のび太くん、消去スイッチを押してくれたまえ。消去スイッチはドラえもんの胸の右側辺りにある、赤いボタンだ」
のび太には、その消去ボタンがどれか、すぐに分かった。鈍い金属光沢を放ったドラえもんの内部パーツの中で、唯一、赤い部分がある。のび太は震える指をそのボタンに近づけて行った。猫田の指示が続く。
「ただし、10秒以上押さなければならない。押し始めると、こちらのコンピュータが自動でカウントを始めるので、それを目安にしてくれたまえ。10秒以内にボタンから手を離してしまうと、記憶消去のアクションは取り消されるので注意してほしい」

 のび太はついに、赤いボタンを押した。コンピュータの無機質な音声が、スピーカーから流れ始める。
「10、9、8、7、・・・」
のび太の脳裏に、ドラえもんと出会ってから今までの、いろいろな事が洪水のように押し寄せて来る。いつも、馬鹿で、ドジな僕を守ってくれた。どんな事をしでかしても、どんな時も、いつだって僕の味方をしてくれた。沢山の冒険や、楽しい事もいっぱい、いっぱい、した。そして、いつも一緒だった…。
「・・・、5、4、3、2」
のび太はボタンから指を離した。そして、今まで抑えてきた物が一気に決壊したかのように、その場に泣き崩れた。
「ぼくには、ぼくには出来ない・・・、ぼくには・・・」
次の瞬間、のび太は顔を上げると、のび太が先程サインしてドラえもんの載っている台の傍らに置いたままになっていた同意書に手を伸ばした。のび太はその書類を一目だけ見ると、涙で汚れた顔を歪めながらそれを両手で引き裂き、グシャグシャに丸めた

6月12日(土)2004 取り消されたアクション 


ドラえもん最終話リメイク (連載第13回)                         
 21世紀初頭、のび太の部屋。ドラえもんは、押入れの上の段に、いつもと同じように横たわっている。のび太が修理を拒否したドラえもんを、セワシとドラミに手伝ってもらい、22世紀のロボット工場からのび太の部屋まで運んだのだ。セワシとドラミは少し前に未来へ帰ったところである。真っ暗な部屋で、のび太は上半身を押入れの上の段にもたれさせ、そこに横たわるドラえもんを眺めていた。
「ドラえもん・・・、ぼくにはドラえもんの記憶を消すことなんて、できなかったよ。だってさ、どんな顔をして、今更ドラえもんに、はじめまして、なんて言ったらいいんだい?」
そして、のび太はそのまま、うとうとと眠ってしまった。その晩、のび太はドラえもんの夢を見た。

 次の朝、のび太は布団で目覚めた。ドラえもんが布団を敷いてくれたものと思い、のび太は飛び起きた。そう、ドラえもんが故障なんてする筈がないんだ。
「ドラえもん!」
押入れを勢い良く開ける。ドラえもんはそこに居た。だが、昨日と同様、動かないまま。のび太は現実をかみしめると、ゆっくりとした足取りで階下へ降りていった。
「おはよう、のび太。今日は早いじゃないか」
食卓で新聞を読んでいたパパが声を掛ける。
「あら、のび太。今朝は早いのね。そういえば、あなた、昨日の夜は、押入れにもたれ掛かったまま寝てたわよ」
布団を敷いてくれたのはママだった。ドラえもんではなく…。のび太は何か、二言三言話すと、逃げるように家を出て、学校へと向かった。

 「おう、のび太!待ってたぞ」
学校ではジャイアンがのび太を待ち構えていた。だが、のび太には不思議と恐怖は無かった。
「昨日は、よくもお前のせいで…!」
げんこつを振り上げたジャイアンを、全く無視するのび太。ジャイアンも、のび太の様子がおかしいことに気付いた。
「おい、のび太。どうしたんだ」
だが、のび太は何も応えない。
「何とか言えよ!のび太!」
全く反応のないのび太を不気味に思ったジャイアンは、首をかしげながら、そのままどこかへ行ってしまった。

6月13日(日)2004 次の朝 


ドラえもん最終話リメイク (連載第14回)                         
 その日の放課後。のび太は何かを思いついて、自分の住む練馬エリアで一番大きな図書館へと向かった。図書館に到着すると、一目散にロボット工学の棚を目指す。そこにはロボット関連の本が沢山並んでいた。とりあえず、その中から適当な本を一冊取って開いてみたが、何が何やら、のび太には全く理解ができなかった。それでも、のび太は、その棚にある本の中から、一番簡単そうなのを借りて帰った。
 家に戻ってからは、夕飯の間以外、図書館から借りてきた本をずっと読んでいた。だが、その本に載っているロボットは、ドラえもんよりも遙に単純な構造の工業用ロボットばかりであったにも関わらず、のび太には、全く理解不能であった。

 あくる日も放課後になると、のび太は図書館へ向かった。昨日借りた本を返すために。一番簡単だと思われた本でさえ全く理解できず、のび太はかなり落ち込んでいた。だが、まだ図書館に行けば、何かヒントがあるかもしれない、という根拠の無い希望は僅かながら持ち続けていた。
 のび太が図書館に入りかけたその時、ちょうど中から出てきた大きな男の人とぶつかった。図書館の入り口で尻もちをつくのび太。その拍子に、ランドセルが開いて中身が床へ散らばる。
「やあ、ごめんごめん。大丈夫かい?」
その男の人は、謝りながら手を差し出してのび太を起こすと、床に散らばったランドセルの中身を拾ってくれた。
「おや、この本は?」
その人は、やはり床に落ちてしまっていた、昨日のび太が図書館で借りた本を手に取った。
「きみは、小学生なのに、こんなに難しい本を読むのかい?」
その本をのび太に渡しながら、その男の人はのび太に微笑み掛けた。
「いえ、ロボットについて興味があって…。でも、全然、何が書いてあるのか意味が分かりませんでした」
「そうだろうなー。この本は工学系の大学院で使うものだよ」
のび太はがっかりした。自分では、一番簡単そうに見えた本が、全く初心者向きの物ではなかったのだ。
「ロボットの事、詳しいんですか?」
その人の目が、少し悪戯っぽく微笑んだ。
「いや、そんなに詳しくもないと思うけど…。一応、大学院の博士課程でロボット工学の研究をしてるんだよ」
のび太は目を輝かせた。この人に訊けば、どうやって、ロボットの勉強をしたら良いか分かるかもしれない。
「ぼく、ぼく、将来、絶対にロボットの研究をしたいんです。どうやったら、ロボットの研究ができるようになるのか教えてくれませんか?」

6月14日(月)2004 出逢い 


ドラえもん最終話リメイク (連載第15回)                         
 「きみは、将来、ロボットの研究者になりたいの?」
「はい!絶対に!」
のび太の勢いに、その人は、少し訝しく思い、訊いた。
「でも、どうしてだい?」
その質問にのび太は答えない。というより、答えられない。未来ロボットなんて、普通の人は信じてくれる訳がない。その人は、のび太の顔をじっと覗き込んだ。
「ま、理由なんてどうでもいいや。立ち話もなんだから、ちょっと、そこのカフェに入ろう。奢るよ」

 店に入り席に着くと、すぐにウェイトレスが注文を取りに来る。
「ご注文は何になさいますか?」
「あ、ぼくはアイスコーヒー。きみは?」
「ぼ、ぼくは…」
のび太は戸惑った。喫茶店やカフェなどに、ほとんど入ったことが無かったのだ。
「遠慮はいらないよ、なんでもどうぞ」
「じゃあ、オレンジジュースで…」
どうにか注文は済ませたものの、のび太はなんとなく気まずかった。ヨーロッパ調のお洒落なカフェに、のび太は明らかに溶け込んでいない。ランドセルを背負った小学生など、のび太の他には一人もいないのだ。
 その人は、正面から、もう一度、のび太の顔を覗き込んだ。何故、この子はそんなに熱心に、ロボットの研究者になりたがっているのだろうか…。何か訳がありそうだ。だが、本人が言いたくないのなら、あえては訊くまい。
 「ぼくは、山田真一。宜しく!」
取りあえず、自己紹介。
「あ、山田さん…。ぼくは、野比のび太です」
「で、のび太くんは、ロボットの研究者になりたいんだよね?」
「はい。絶対になりたいです。そのためにはどうしたらいいんですか?」
「将来研究者になりたいなら、今は、学校の勉強を一生懸命にすることだね」
山田は、のび太の問いに間髪入れずに答えた。
「将来、企業でロボットを研究するにせよ、大学に残って研究するにせよ、その基礎になるのは学校の勉強なんだよ。これは山登りに例えると分かりやすいかもしれない。どんな人も、いきなり頂上に到達することはできないだろう?一歩一歩、登って行かなくてはならない。そして、そうやって努力していて、ある時、ふと気が付くと、物凄い高みに到達している。一見遠回りに見えるけど、そういうやり方が、実は一番近道なんだ」

6月15日(火)2004 カフェ 


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