2004年 6月(後半)

ドラえもん最終話リメイク (連載第16回)                         
 「どの教科の勉強が必要なんですか?」
ロボットの研究者になるためには、まず学校の勉強をしろと言われ、のび太は大いに焦った。勉強が得意ではないのび太にとって、勉強する科目は少しでも少ない方が良い。
「今は、全部だね」
「全部…」
「もちろん、特に力を入れておくべき科目はある。それは、算数、理科、そして中学以降ではこれに英語も加わる。研究論文の殆どが英語だからね。ただし、君はまだ小学生だから、今はそういうジャンルに拘らずに国語や社会、そして音楽や体育も含めて、全部頑張ってやるべきだ」
「それは、どうしてですか?」
算数や理科が必要なのは、ぼくにもなんとなく分かる。でも、なぜ、社会や体育まで必要なのか、とのび太は疑問を感じた。
「一つは、視野を広く持つため。研究者はいろいろな考え方ができなくては良い発想が出ない。二つ目は、頭を良くするため。よく、『頭が良い』と『勉強ができる』は違う、なんて言うだろう?だけど、勉強をすると、本当に頭が良くなるんだ。頭を使うと、脳細胞から出ているシナプスという”足”が他の脳細胞と結合する。このシナプスが複雑に絡み合っていればいる程、その人の脳は複雑な思考ができたり、豊かな発想ができたりするようになる。また、単なる暗記科目でも、脳内信号の伝達物質のやりとりをスムーズにして、君の頭を良くする手助けになる。三つ目は、脳を均等に鍛えるため。脳は、考える事柄によって、使う部位が異なる。だから、いろいろな事をやっておくと、後々、柔軟な発想のできる研究者になれる。他にも理由を挙げたらキリがない」
「体育は?なんで体育も一生懸命やるべきなんですか?」
「研究者は結構体力勝負な所もあるんだ。それに、健全な精神は健全な肉体に宿る、とも言うだろう?健全な精神は健全なアイディアを産むんだ。それと、運動の習慣をつけておくと、実は頭の回転も何故だか良くなるんだよ。運動して血行が良くなると、頭の血の巡りも良くなるからなのかな」

 のび太は下を向いた。ぼくにできるだろうか…。いや、しかし、やらなくては。顔を上げると、山田と目が合った。山田は微笑んで言った。
「いや、そんなに難しく考える事はないよ。勉強なんて、一度習慣付いたら、あとはどうと言うこともない。三度の食事といっしょさ。もちろんある程度、コツもあるけどね」
「コツ?コツがあるなら教えてください!」
のび太は、藁にもすがる思いだ。
「じゃあ、そうだな。のび太くん、今、算数の教科書は持ってる?」
今日、算数の授業があった。ランドセルに入っているはずだ。
「はい」
「出してみて」
のび太は落書きだらけの教科書を山田に手渡した。山田が、適当に教科書を開く。
「これ、ちょっとやってみてよ」
山田は文章題を指差した。

6月16日(水)2004 全科目 


ドラえもん最終話リメイク (連載第17回)                         
 「太郎くんと花子さんは、花壇を作ろうとしています。まず、太郎くんが全体の二分の一に苗を植え、次に、花子さんが、全体の三分の一に苗を植えました。残りは全体の何分の一ですか」
問題を声に出して読む山田。算数の中でも、文章題には特に苦手意識のあるのび太は困惑して言った。
「分かりません」
「のび太くん、そんなに直ぐに分からない、なんて言ってはだめだよ。先ず、問題の意味を捉えて、『これはどういう事を訊いてきているのか?』って言うのを、自分の言葉に”翻訳”しなくちゃ。研究者になりたいなら、特に、自分の頭で考える訓練を積んで行かなくてはいけないよ。そして、すぐに諦めずに、自分を信じて問題に食らいついて行く。少しずつ階段を上っていくように、自分の、考える能力を鍛えて行くんだ」
「でも、文章題はどうも苦手で、何を言っているのかがよく分からないんです」
「ね?だから国語力も必要だと言っただろ?」
のび太はなるほど、と思うと同時に、別の疑問も感じた。
「あと、文章題って、たった一問解くのにも、時間が掛かるじゃないですか。それも面倒で…。時間の掛かる文章題をやらなくても、計算はできるようになると思うんですけど」
「のび太くん、それは二つの点で考え違いをしているよ。まず、一問解くのに5分や10分掛かったとしても、そんなのは全然、時間が掛かるうちには入らないって事だ。例えば、大学受験レベルの数学なら、その問題の解き方を自分が知っていたとしても一問解くのに20分以上掛かるような問題はザラだし、それを身に付ける過程では、一問の問題を何日も考えるような事もあるだろう。大学院レベルだと、たった一つの計算をするのに数日掛けることもあるし、研究を始めたら、一つの課題について半年以上考えるという事も普通にある。アインシュタインは晩年、相対論と量子論の統一という、一つの問題を20年以上もの間考えていた。もう一つは、『全ての勉強は、君自身の頭脳を鍛え、考える能力を伸ばすためにする』という事だよ。だから、計算ができればいい、とか、丸暗記だけしておけばいい、というような考えは、少なくとも研究者を目指すなら捨てなくてはならない」
のび太は圧倒された。20年も同じことを考え続けるなんて、ぼくにはできるだろうか…。のび太の心を見抜いたかのように、山田は少し微笑って言った。
「まあ、20年考える前に、今は、この問題を5分間考えてみようか」

6月17日(木)2004 思考力 


ドラえもん最終話リメイク (連載第18回)                         
 のび太は、山田に言われるまま、その問題を読み返した。だが、やはり、問題の意味がよく分からない。暫くの間考えてみたが、のび太には問題を解く取っ掛かりさえつかめていなかった。その様子を見て、山田が助け船を出した。
「先ず、問題全体の意味を捉えてから、段階を追って考えて行くんだ。この問題が最終的に訊いているのは残りの作業の割合だよね?だがら、逆に、すでに終わっている作業の割合が分かれば、それを全体から引く事で残りが分かる」
そうか。じゃあ、すでに終わっている作業は…、とのび太は考えた。始めに太郎君が二分の一、つまり半分やって、次に花子さんが三分の一か。これを足せばいいのかな。
「二分の一足す、三分の一、ですか?」
おずおずと、自信なさげに言うのび太。
「そう!ひとまず、作業が終わった分は、二分の一足す三分の一だよね。じゃあ、まずその計算をやってみようか」
だが、のび太は分数の足し算ができなかった。正直にそう伝えると、山田は丁寧に応えた。
「分母の異なる分数を足したり引いたりするためには、分母をそろえなくてはならない。これを”通分”というんだけど、できるかな?まず、二と三の最小公倍数を考えるといくつだい?」
これにも答えられないのび太。のび太は、本当に今まで全く勉強をしてこなかったのだ。
「オッケー、分かった。じゃあ、こうしよう。公倍数や公約数の勉強は、後で自分でしてもらうことにして、取り敢えず、分母同士を掛けてみよう。このやり方だと、最小公倍数にする場合に比べて、一旦分母が大きくなって計算が多少面倒になる場合もあるけど、今回は大丈夫。で、二掛ける三はいくつだい?」
「…8」
少し驚く山田。
「うーん。もしかしたら、のび太くん、君は九九をきちんと憶えていないのかな?だとしたら、今すぐ憶えてしまいなさい」
九九は二年生で習うのだが、のび太は四年生にもなって、まだ九九をちゃんと憶えていなかったのだ。だが、今すぐ憶える?どうやって?のび太は訊いた。
「今すぐ、ですか?そんなにすぐに憶えられるものなの?」
「大丈夫だよ。君くらいの年齢なら、九九なんて、百回も口に出して言えば、頭で憶えていなくても、口を突いて出てくるようになる。いいかい、勉強のコツは、例えばこういう所なんだよ。つまり、ポイント、ポイントを抑えておく事が大切なんだ。九九を暗記していないと、その先の算数や数学は全くできなくなってしまうようにね。君は今、何年生だっけ?」
「よ、四年生です…」
のび太は、少し恥ずかしそうに言った。
「じゃあ、もうすぐローマ字を習うと思うけれど、これも完全に憶えておかなくてはだめだよ。友達とローマ字手紙の交換でもして遊んでいれば、自然と憶えちゃうからね。ローマ字を知っているのと知っていないのとでは、中学に入って英語を習ったときに上達のスピードが千倍も違う。英語を勉強するときには、単語を自分なりにでも読めることが大切なんだ。例えそれがローマ字読みであってもね。人間は普通、自分が発音できない言葉は覚えられない。発音できなければ、単なる記号を暗記するようなものだからね」

6月18日(金)2004 ポイント 


ドラえもん最終話リメイク (連載第19回)                         
 その日、のび太は、九九を暗誦しながら帰宅した。そして、夕飯を済ませると直ぐに、二階にある自分の部屋へと上がって行った。押し入れをそっと開けるのび太。そこには、機能を停止したドラえもんが、少し微笑んだような表情のまま、横たわっていた。
 「ドラえもん、ただいま。今日、僕ね、ロボットの研究をしている、山田さんっていう人と知り合いになったよ。ロボットの研究者になるには、勉強が大切なんだって。僕は勉強が得意じゃないから、ちょっとまいっちゃったよ。でも、やる気と情熱があれば、勉強なんてすぐにできるようになるから安心しろって言ってた。慣れちゃえば、ご飯食べるのと同じだってさ。僕さ、やるよ。ドラえもん。一生懸命勉強して、いつか、必ず君を僕が直すからね。ドラえもん」
のび太は、開けたときと同じように、そっと押し入れを閉めると、机に向かい、宿題を始めた。

 次の日から、のび太はまるで人が変わったかのようだった。授業は集中して聴き、昼休みは図書室で復習した。放課後も、ジャイアンからの誘いを毅然とした態度で断って、街の図書館へ行き、勉強した。図書館ではごくたまに、山田に会うことがあったが、そういうときは、現在山田がやっている研究内容の話を聞き、モチベーションを高めた。
 今までまったく勉強をして来なかったのび太だったが、その分、一旦、勉強の習慣が身に付くと、どんどん実力も上がって行った。あたかも、砂漠の砂に水が染み込むかのごとく知識を吸収していく。最初に効果が現れたのは算数だった。山田に、ロボットの研究者になるには、まず数学の知識は不可欠だ、と言われ、特に算数に力を入れていたのだ。そして、夏休みに入る頃には、算数の成績に関しては、出木杉の次の順位である、クラスで二番になっていた。

6月19日(土)2004 出木杉ロックオン 


ドラえもん最終話リメイク (連載第20回)                         
 夏休み直前のある日曜日、のび太がいつものように図書館へ行くと、ロビーには山田が居た。声を掛けるのび太。
「こんにちは。山田さんが日曜日に図書館にいるなんて珍しいですね」
「やあ、のび太くん。久しぶりだね。勉強の方はどうだい?」
山田に訊かれ、算数だけは、前回と前々回のテストで連続してクラスで二番になったことを告げた。
「へー!凄いじゃないか。つい数ヶ月前までは九九も出来なかったのに」
「それは言わないでくださいよ」
照れるのび太。だが、のび太はすぐに真面目な表情になって、山田に向き直った。
「でも、最近、なんだか変なんです。二番になってからは、ちっとも実力が伸びている感じがしないんですよ。なんだか、次のテストでも二番のような気がする…」
「それは”プラトー”だね。勉強でも、スポーツでも、趣味なんかでもそうなんだけど、どんな事でも、ある程度伸びた後に必ず伸び悩む時期があるものなんだ。これをプラトーとか、高原などと言う。でも、このプラトーを越えると、また伸び始めるから、その間も努力は続けないといけないよ」
プラトーか…、でも、そんなような事は聞いたことがある気がするな。そういえば、ママがダイエットしたときも、ある程度体重が減った後で、全然減らなくなったって言っていたっけ。そこで、ダイエットを止めなければ、もっとママの体重は減ったって事か…。のび太は、ふと考えて山田に訊いた。
「その、プラトーは、どの位で終わるんですか?」
「それは、人や状況によって違ってくる。三日で終わる場合もあれば、半年も続くときもあるよ。ただ、言えるのは、プラトーとか、スランプとかいったものは、いつか必ず終わりが来る。だから、どんなときも勇気を持って前進して行かなくてはならないんだよ。それと、プラトーは一回きりじゃないっていう事も知っておいた方がいい。今後も、実力が伸びる時期と、停滞する時期は繰り返し訪れる。今回は、記念すべきその第一回目というわけだな」
「えー、そんなの記念したくないですよ」
のび太と山田は顔を見合わせて笑った。そして、不意に山田が言った。
「ちょっと、君のスケジュール表見せてくれる?」

6月20日(日)2004 プラトー 


ドラえもん最終話リメイク (連載第21回)                         
 山田は、前回のび太に会ったときに、スケジュールを立てることの大切さについて話していた。そして、一冊のノートをのび太にプレゼントして、言った。まず、10年後に自分はどうなっていたいか、をここに書くように。それは後から変更があっても構わない。とにかく10年後の自分のビジョンを持つことが大切だ、と。それから、9年後、8年後、と順に1年後までビジョンを書いて行く。そうしたら今度は、その一年後のビジョンに向かって、一週間単位でスケジュールを立てるように。

 のび太は山田に促されて、スケジュールの書かれたノートをバッグから取り出した。しかし、そのノートを山田に見せることは憚(はばか)られた。なぜなら、今後10年間のビジョンにはドラえもんについてのことがたくさん書かれていたからだ。
「あの…、山田さん、”ビジョン”のところを見せるのはちょと…」
のび太はスケジュールノートを胸に抱いたまま言った。ニヤリとする山田。
「オッケー、週間スケジュールのところしか見ないよ」
そして、のび太は先週と今週のスケジュールのページを開いて、ノートを山田に渡した。山田はノートを一目見ると言った
「ああ、やっぱり!これだと勉強の効率としては良くないよ」
「どういうことですか?」
ノートを少しのび太の方へ傾け、スケジュールを見せるようにしながら山田は答えた。
「これを見ると、君は、月曜の放課後は算数、火曜は国語、という具合に、学校以外の勉強は一日一科目に集中しているよね。放課後は毎日どのくらい勉強時間が取れてる?」
「学校の予習と復習は、だいたい昼休みにやってしまうので、放課後の勉強は毎日6時間くらいです」
「人間の頭は、考える内容によって使う場所が違うんだよ。だから、同じ勉強を6時間やるより、一科目90分ずつに分けて四科目やった方がずっと効率が良くなる。なぜなら、例えば算数を勉強したあとに国語をやると、国語を勉強しながら算数で使う部分の頭を休めることができるからだ。つまり、このやり方を身につけると、休憩と勉強が同時にできることになる。ただ、ずっと同じ姿勢のままだと今度は身体の方が疲れてしまうから、30分に一度は立ち上がって身体をほぐすようにするといい。伸びをするのも効果的だよ」

6月21日(月)2004 ビジョンとスケジュール 


ドラえもん最終話リメイク (連載第22回)                         
 夏休みの間、休館日以外は一日も欠かさず通った図書館で、のび太は何度か山田に出くわした。そして、その度に山田は、のび太に勉強法やスケジュールの立て方、モチベーションの維持の仕方から、頭を良くするための摂るべき栄養に到るまで、いろいろとアドバイスをしてくれた。

 そうして迎えた夏休み明けの試験。のび太は算数で学年トップに躍り出た。それによって自信を得たのび太は、やがて他の科目でも、常に学年でトップを取るように成っていく。また、勉強で得た集中力によって、体育やスポーツも得意になっていった。そして六年生になる頃には、勉強でもスポーツでも、学校でのび太に敵う者は誰もいなくなっていた。

 「のび太さん、先生がちょっと職員室に来るようにですって」
昼休み、ちょうどその日の復習を終えたところだったのび太は、学校の図書室で不意に声を掛けられ、振り返った。
「あ、しずかちゃん。うん、分かった。ありがとう。…でも、なんだろう?」
のび太は首を傾げながら職員室へと向かう。職員室の前まで来ると、のび太はドアをノックして、中へ入った。
「失礼します」
「おー、野比!待ってたぞ、ちょっとこっちへ来なさい」
担任の教師がのび太を見つけるなり、声を掛けてきた。
「あ、はい」
側へ行くと、担任はのび太に書類を渡した。困惑するのび太。
「あの、これは…」
「快晴中学の入学願書だ。あの、中高一貫教育の有名進学校。知っているだろう?野比の成績ならきっと合格する筈だ」
「いや、でも家には私立中学へ行くお金は…」
「野比、その書類を良く見てみなさい」
のび太は書類に目を落とした。
「特待生受け付け…?」
「そうだ。我が校は、君を快晴中学の特待生枠に推薦しようということになったんだよ。君ほど勉強ができる生徒は、この学校始まって以来だ。特待生になれば、一切の費用は免除されるからお金の心配はいらない」
特待生枠は通常二、三人だ。つまり、特待生になるためには、ただでさえ合格の難しいトップ進学校でもダントツの成績で合格しなくてはならない。だが、のび太に全く迷いは無かった。ロボットの研究者になり、ドラえもんを必ず僕が直す。そのためにはどんな勉強も苦にはならない。のび太は即答した。
「やります。是非、やらせてください」

6月22日(火)2004 学年トップ 


ドラえもん最終話リメイク (連載第23回)                         
 のび太は、快晴中学への特待生枠合格のために、今までにも増して厳しい勉強を自分に課して行った。睡眠時間は益々削られ、六年生の秋頃には平均睡眠時間が4、5時間程度になっていた。だが、のび太の意図とは反し、成績の方は伸び悩んでいた。相変わらず学年でトップではあったが、私立受験用の全国模試での成績が思うように伸びなかったのだ。のび太は思い余って山田に電話を掛けた。山田はのび太の相談に快く応じてくれ、明日の放課後、いつもの図書館へ来るようにと指示した。

 次の日、図書館へはのび太の方が先に着いていた。勉強もできる閲覧スペースは私語厳禁であるため、のび太はロビーのソファーに座って教科書を読みながら山田を待っている。と、まもなくのび太は後ろから肩を叩かれた。
「よっ、お待たせ」
「あ、山田さん、今日はわざわざ来ていただいて済みませんでした」
まあまあ、という感じで両方の掌を出しながら山田が言った。
「で、どうした?成績が思うように伸びないって?」
山田はそう言いながら、のび太の向かいに座った。
「スケジュール、見せてみ」
のび太から渡されたスケジュール表を見て、山田は驚いた。
「のび太くん、これじゃあ成績伸びないよ」
「勉強時間が足りませんか?」
「いや、逆だよ。もっと寝なくちゃ。人は、寝ている間に記憶が脳に定着するんだよ。このスケジュールだと、毎日4時間ちょっとしか寝れてないんじゃないかい?」
「はい、確かに最近は、ちょっと寝不足気味で…」
「うん。だから勉強したことが半分くらいしか頭に入っていかないんだよ。特に君はまだ成長期なんだから、7時間は寝るようにしないと。勉強は起きている間に集中してやればいい」
そう言うと、山田はジャケットの内ポケットから赤ペンを取り出し、スケジュール表の夜10時のところに線を書き込んだ。
「これがデッドラインだ。今日から、夜は遅くとも10時までに寝なくちゃだめだよ。そしてその分、早起きしてやるんだ」

6月23日(水)2004 早寝早起き 


ドラえもん最終話リメイク (連載第24回)                         
 のび太は山田に言われた通り、早寝早起きを習慣付けていった。初めの数日は早寝に慣れていなかったためなかなか寝つけなかったが、じきに、のび太本来の寝付きの良さを発揮し、横になると数秒で眠られるようになった。早寝と早起きの習慣は、身に付けてみると実に効率が良かった。早朝の爽やかな時間帯は勉強がよく捗ったし、同じ睡眠時間でも、遅く寝て遅く起きるのとでは疲れのとれかたも全く違うように感じられた。そして、冬休み直前の模試で、ついにのび太は全国一位となった。
 その日の放課後、のび太がいつもの様に図書館へ行くと、奇しくも山田と出くわした。のび太は早速、今回の全国模試で一位になった事を山田に告げた。自分の事の様に喜ぶ山田。
「お!、全国一位かい?やったじゃないか!本当に凄く頑張ってたもんな!」
「いえ、山田さんのお陰ですよ」
のび太が謙遜すると、山田はしたり顔で言った。
「ま、そりゃそうさ」
そしてニヤけながら二人は顔を見合わせた。
「…なんてな!」

 図書館ロビーのソファーで、山田の奢りの缶ジュースで乾杯する。そして、山田が言った。
「ここで気を抜いちゃだめだぜ。本番まであと2ヶ月だ。ここからが本当のスパートだよ」
「はい、分かってます。僕の目的は一流のロボット研究者になることだから、受験なんて余裕で突破してみせますよ」
「おっ、強気だね!良いことだ。でも、受験が終わったら、少しだけ勉強のウエイトを軽くしてスポーツや趣味もやった方が良いよ。長い目で見たら、その方が早道なんだ。パワーを掛けるところと、力を蓄えるところを見極めなくてはならない。力を蓄えておくと、切所で全力が出せるものさ」
のび太はキョトンとして言った。
「力を抜くのが早道?そんなことってあるんですか?」
「何事においても緩急付けるのはとても大切なんだよ。自動車レースだってアクセルを踏むばかりでブレーキを使わなければ、コーナーでコースアウトしてしまうだろう?マラソン選手もペース配分をせずに全力疾走をしたら、とても42.195kmなんて走れないだろうし」
のび太は、なんとなく分かった気がした。
「ところで…、セッショってなんですか?」
「セッショ?、ああ、切所ね。”難所”のことだよ。つまり、”苦しくてもここを頑張れば後が楽になる”ような、頑張り所のことを切所と言うんだ。そう考えると、受験も切所の一つと言えるかもしれないね。でもまあ、受験なんてものは、”朝、ギリギリで乗れそうな電車”みたいなもんだよ」

6月24日(木)2004 切所 


ドラえもん最終話リメイク (連載第25回)                         
 ”朝、ギリギリで乗れそうな電車”?この人は時々、よく分からない喩えを使う。のび太は率直に訊いてみた。
「電車って…。それってどういう意味ですか?」
「うん、つまりさ、例えば、電車通勤をしている人が、朝目が覚めて時計を見たら、遅刻しないで済む電車に間に合うギリギリの時間だったとする。で、ここが切所だ。ここで気合を入れてすぐに準備をし、苦しくても頑張って駅まで走る。そして電車に乗れたなら、今度は息を整えればいい。一旦電車に乗ったなら、後は途中で降りない限り、電車が勝手に会社まで連れて行ってくれる。ただし、電車に乗ったら、どんなに急いでいたとしても、今度は電車の中で走ってはいけない。仮に電車が空いていたとしてもね。それは疲れるだけで意味の無いことだから。今度は会社に着いてから起こりうる、次の切所に備えるべきだよね」
「それって、受験に合格したら、もう勉強するな、っていう意味…、じゃないですよね?」

いやいや、と山田が首を振りながら言う。
「もちろん違う。受験に合格したくらいで勉強を止めてしまうのは、電車を途中下車してしまうようなものだからね。だけれど、合格したなら、今度は当面の目標が変わる、という事だよ。合格するまでは、取りあえず、目の前の目標は”中学受験に合格する”という事だよね?これはちょうど、電車に乗るために駅まで走っている状態だ。で、今度は電車に乗れたら、次の切所への準備をすべきだろう。それは、先ず、息を整えることかもしれないし、その日のスケジュールをチェックすることかもしれない。または、その日の会議で使う書類に目を通しておくことかもしれないし、もっと長期的な目標を見据えて良書を読むことかもしれない。でも、とにかく、電車に乗ったら、もはやそのときにすべきことは”走る”ことではないよね?」
「つまり、中学受験に合格したら、やるべき勉強や、やり方も変わるっていう事ですね?」
「そう。長期的な目標に向かって、そのときにすべき具体的な事柄が変わっていく。そういう意味で、受験に合格したら、趣味やスポーツもすべきだと言ったんだよ。スポーツは、成長期の君に快活な精神と丈夫な身体をもたらしてくれる。頭もスッキリさせてくれるしね。また、趣味を持つことは、それを通して、考え方の幅を広げたり、自分自身を再発見するきっかけにもなる。研究者になってからも、それらの素養は君をいろいろな意味で助けてくれる筈だよ」

6月25日(金)2004 電車へGO! 


ドラえもん最終話リメイク (連載第26回)                         
 中高一貫名門私立、快晴中学への特待生合格を目指し、のび太はその冬、ラストスパートをかけていた。そうして迎えた大晦日の夜、いつものように自室の机に向かっていたのび太に、階下から声が掛かった。
「のび太、電話よ!」
勉強に集中していたのび太は、ママの声が耳に入らないのか、なかなか返事をしない。
「のび太!電話ですよ!のび太!」
「…はーい!」
のび太はようやく返事をして、机の右端の置時計
を見た。午後8時を少し回ったところである。こんな時間にいったい誰だろう?のび太は椅子から立ち上がり、階下へと降りて行く。すると、そこにはもう既にママの姿は無かった。だが、廊下に置いてある電話の、右横に置かれている受話器が通話中を表していた。受話器を取るのび太。
「もしもし、のび太です」
「あ、もしもしのび太さん?明日の朝、初詣に行かない?」
それはしずかだった。
「あ、しずかちゃん?うん、行きたいんだけど、僕、勉強があるから…」
「うーん、でも、合格祈願をしたら、きっとご利益があると思うわ。それに、お正月くらい、少しは息抜きしなくちゃ。行きましょうよ、のび太さん」
のび太は一瞬考えた。メリハリは大事…か。そうだな、お正月だし、明日の午前中だけ休もうか。その方が午後からの能率も、却って上がるかもしれない。それに正直、しずかちゃんと初詣なんて凄く嬉しい。
「うん、分かった。じゃあ、明日、迎えに行くよ。何時がいいかな?」
「そうね…、朝8時でどうかしら?」
「うん、じゃあ8時に行くね。うん、おやすみ」
そして、のび太はその夜も、いつも通り10時に就寝した。

 次の朝、いつものように5時少し前に目覚めると、のび太は日課のジョギングへと出掛けた。走っているうちに、東の空が白み始める。何かを思いついて、いつものジョギングコースを変更するのび太。行き先は学校の裏山。元旦の切れるような空気の中を、頂上へ向かって坂道を駆け上って行く。そして、のび太が頂上へ到着するのとほぼ同時に、地平線から太陽が顔を出し始めた。太陽の出現と同時に、張り詰めていた空気が僅かに緩む。
 
のび太は元旦の太陽を全身に浴びた。その時、のび太は何故か、この世の中に恐いものは何も無いという気持ちになっていた。

6月26日(土)2004 初日の出 


ドラえもん最終話リメイク (連載第27回)                         
 ジョギングから戻ったのび太は、シャワーを浴びるとシリアルで簡単に朝食を済ませた。2階の自室に戻り、計画ノートを広げる。そして、そこに今年の抱負を書き連ねていった。
「”そうなる”、と信じてノートに書いたことは現実になるからな…」
これはのび太が山田に教えてもらった自己暗示のテクニックだ。のび太はひとしきりノートと格闘すると、そこに自分が書いた事柄を、マジマジと眺めた。のび太は満足してノートを閉じる。そして、コートを掴み、部屋を出た。

 階下へ降りると、のび太の両親はすでに起きていた。
「パパ、ママ、明けまして、おめでとうございます」
「やあ、のび太、おめでとう!」
「はい、のびちゃん、これ」
ママがポチ袋を差し出す。それを受け取り、中身を確認するのび太。思っていたよりも大分多い。
「ありがとう!」
「最近、のび太が頑張っているようだから、今年のお年玉はちょっと奮発したんだぞ」
微笑むのび太。
「あら、のび太、お出掛け?」
のび太がコートを持っているのに気付いて、ママが訊いた。
「うん、ちょっと初詣に」
「そう、暖かい格好をして行くんですよ」
「はーい。じゃあ、行ってきます」
のび太は家を出て、しずかの家へと向かった。

 のび太が源家の玄関前に到着したのは、8時2分前だった。玄関のベルを押すと、中からしずかの父親が出てきた。
「明けまして、おめでとうございます」
「おめでとう、のび太くん。しずかは、今、着付けにちょっと手間取っているようだから、少し、上がって待っていてくれたまえ」
客間へ通されるのび太。
「良かったら、みかんでもどうぞ」
「いえ、お構いなく」
しずかの父親は、どこかへ消えたかと思うと、すぐに客間へ戻って来た。
「これ、少ないけれど、お年玉」
「え、そんな、悪いですよ」
「まあ、いいから、取っておきなさい」
のび太は、礼を言ってそれを受け取った。そうこうしているうちに、しずかの着付けも完了し、しずかとしずかの母親も、のび太たちの居る客間へ現れた。
「のび太さん、あけましておめでとう」
「やー、しずかちゃん、おめでとう。とっても綺麗だね!」
それから、のび太は傍らに居るしずかの母親に気付いて言った。
「あ、おばさん、あけましておめでとうございます」
「あら、のび太くんったら、おばさんに気付くのが遅いんじゃない?」
「いや、いえ、そんな…」
のび太はしどろもどろ。
「えっと、じゃあ、しずかちゃん、初詣に出かけようか」
「ええ。それじゃあ、パパ、ママ、行って参ります」
のび太は立ち上がると、しずかの両親に振り返った。
「おじさん、おばさん、おじゃましました」
「ああ、楽しんで行っておいで」
「またいらっしゃいね」
そして、のび太としずかは、連れ立って源家を出た。

6月27日(日)2004 源家 


ドラえもん最終話リメイク (連載第28回)                         
 元日だけあって、いつもは閑散としている近所の神社も、今日は人でいっぱいだ。参道の両脇には縁日の屋台が沢山出ている。のび太は、今朝お年玉を沢山貰ったことを思い出した。
「しずかちゃん、何か欲しいものない?なんでも買ってあげるよ」
「え、そう?それじゃあ…、あれ」
しずかは少し考えて、射的の屋台を指差した。
「あれで、何か獲って」
のび太は快諾すると、しずかの手を引いてその屋台のところへ行った。
「おじさん、一回ね」
「300円で5発だよ」
のび太はポケットから小銭を取り出し、おじさんに渡す。代わりに、コルクの玉を5つ渡される。
「しずかちゃん、どれがいい?」
「じゃあ…、あのブレスレット」
のび太は射的の銃を構え、引き金を引く、とブレスレットが弾かれて下に落ちる。
「次は?」
「そうね、あのお人形…」
のび太は次々に、しずかのリクエストした物を獲っていく。そして、5発全部を打ち終わったときには、5つの景品をゲットしていた。目を丸くする屋台のおじさんを尻目に、のび太としずかは景品の入ったビニール袋を下げて、境内へと向かった。
 境内の周りは、一層の人だかりだったが、なんとか近づき、賽銭箱へお金を投げる。快晴中学に特待生合格しますように。そして、ドラえもんを直せるようになりますように…。のび太が顔を上げたとき、しずかはまだ祈っていた。しばらくして、ようやくしずかも祈り終え、のび太と目が合った。
「しずかちゃんは、何をお祈りしたの?」
「のび太さん、何をお祈りしたかなんて、他の人に言ってはいけないのよ」
しずかに軽くたしなめられ、のび太は、そういうものなのか、と思った。しずかは言った。
「破魔矢を買いましょう」
「え?」
「魔を払う矢よ」
二人は境内脇の社務所へ行き、それぞれ一本づつ破魔矢を選んだ。しずかは、学業成就のお守りも買うと、それをのび太に渡した。
「はい、のび太さん。頑張ってね」
「ありがとう、しずかちゃん」
のび太は、しずかからお守りを渡されて、なんだか胸の辺りが暖かくなった。そして二人は、元来た道をゆっくりと歩いて戻って行った。

6月28日(月)2004 初詣 


ドラえもん最終話リメイク (連載第29回)                         
 中学入試も無事終わり、明日はいよいよ快晴中学の、合格発表当日となった。入学金及び学費が全額免除となる特待生枠はわずか二名。半額免除の優待生枠は三名。入試当日は、しずかに貰ったお守りのお陰か、のび太は落ち着いて試験を受けることができた。のび太の成績から考えると、万が一、特待や優待生の選に漏れたとしても、一般合格はまず間違いない。だが、のび太は特待生合格以外考えていなかった。万が一、一般合格となったなら入学を辞退するつもりだった。

 その日の夕飯の後、自室に戻ろうと立ち上がりかけたのび太を、両親が呼び止めた。
「のび太、ちょっといいかな?」
「え、なに?」
「うん、まあ、ちょっと座りなさい」
呼び止めたパパに替わって、今度はママが話し始める。
「二年前にドラちゃんが居なくなってから、のびちゃん、本当に良く勉強をするようになったわね」
うん、まあ、とお茶を濁すのび太。
「のび太が、何かの目的のために頑張っていることは分かった。どちらかと言えば劣等生だったのび太が、たった二年と数ヶ月で全国一位の成績を取るなんて、並大抵の努力じゃ無かった筈だ。パパ達は鼻が高いよ」
「それでね、のびちゃん。明日の試験で、特待生だろうと無かろうと、とにかく合格したなら、あなたを快晴中学に行かせよう、ってパパと話していたの」
え、と驚くのび太。
「でも、学費が…」
言いかけたのび太をパパが遮る。
「子供がお金の事なんて心配しなくていい。親っていうのは、子供を応援したいものなんだよ。特に本気で頑張っている子供にはね。君の本気は、もう見せてもらった。だから、今度はパパとママに、のび太を応援させてくれないかい?」
のび太は一瞬言葉を失ってうつむいた。だが、すぐに顔を上げて言った。
「パパ、ママ、ありがとう。嬉しいよ」
満足そうに頷く両親。のび太は言葉を続けた。
「でも、今回、そのお金は使わないで済む筈だから、いつか必要になったときに頼むね」
そして、一呼吸置いてから言った。
「まあ、明日の発表を見ていてよ」

 次の朝、のび太は、合格発表を一緒に見に行くと言う両親をなんとか説得し、10時からの合格発表に合わせ、9時過ぎに独りで家を出た。都心にある快晴中学へ行くためには電車に乗らなければならない。のび太宅からの最寄りの駅へ着くと、改札口の前にしずかが立っていた。
「しずかちゃん…」
「のび太さん、合格発表見に行くんでしょ?一緒に行きましょう」
「あれ?何で発表が今日だって知ってるの?」
「だって、のび太さん、この間、合格発表は次の土曜だって言っていたじゃない」
のび太は断る理由も見つからず、二人分の切符を買うと、一枚をしずかに渡した。のび太は、しずかが自分の事を気遣ってくれる事に対して、内心とても嬉しかった。

6月29日(火)2004 発表当日 


ドラえもん最終話リメイク (連載第30回)                         
 快晴中学の門をくぐると掲示板の場所はすぐに分かった。すでに人だかりができていたのだ。両親と一緒に掲示板の前で大喜びしている子、泣いている子、なぐさめる親、掲示板の前で写真を撮るお父さん、など、様々な人たちがそこに居た。のび太達も、人並みをかき分け、掲示板に近づく。
「のび太さん、受験番号いくつ?」
不意に、しずかが尋ねた。
「1151」
のび太の表情は真剣である。一番大きな人だかりのできている掲示板は、近くで見ると一般合格者用のものだった。そこで、数メートル程右に移動して、別の掲示板を見てみる。と、今度は補欠合格者用だ。そのとき、左の方から、のび太を呼ぶ声が聞こえた。
「のび太さん!あった!あったわ!」
しずかの声に、急いで一番左の掲示板の前まで行くのび太。特待生及び、優待生用の掲示板がそこにあった。掲示板を見上げる。特待生、野比のび太、1151。以上。
「・・・やった!!あった!あったよ、しずかちゃん!」
しずかの手を取って、喜ぶのび太。今年の特待生はのび太、唯一人だった。今年は問題が難しかったためか、特待生合格者が定員の二名を満たさなかったのだ。
「のび太さん、本当に良かった…」

 のび太としずかは、快晴中学から程近いファーストフード店でささやかな祝杯を挙げ、家路についた。のび太は自宅に戻ると両親に合格の報告をしてから、山田に電話を掛けた。
「あ、山田さん?」
「で、どうだった?」
山田は着信番号から、のび太からの電話だと分かったらしい。
「おかげさまで」
「よし、やったぞ!ご両親もさぞかし喜んでいるだろう?」
「ええ、大変なもんです。ぼくも本当に嬉しいです」
「よし、じゃあ、作戦会議だ。後でいつもの図書館で会おう」
作戦会議?のび太はその意味がよく分からないまま、受話器を置いた。

6月30日(水)2004 合格 


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