2004年 7月

ドラえもん最終話リメイク (連載第31回)                         
 「よっ、待った?」
図書館ロビーの、いつものソファーで本を読んでいたのび太は、山田に声を掛けられて本から顔を上げた。
「いえ、僕もさっき来たところです」
「先ずは、合格おめでとう!快晴の特待生だって?凄いじゃないか」
「ありがとうございます。すっごい嬉しいです。けど、まだ始まったばかりですから」
「おっ、さすがに分かってるじゃないの」
山田はニヤッとして言った。
「よし、今日は作戦会議だから、そこのカフェに行こう。もちろん、なんでも好きな物を奢るよ」

 カフェに移動すると、山田は黒板代わりのレポート用紙とペンを取り出した。のび太は2年と数ヶ月前、山田に連れられて初めてこのカフェに入った事を思い出していた。あのときは九九もできなかった僕が、今は全国一位の成績を取っている。不思議なものだな…。
「ご注文は何になさいますか?」
のび太はウエイトレスの声で我に返り、言った。
「僕はカフェオレ。ホットで」
あれから、山田と一緒に、何度かこのカフェには来ていたのび太は、もう注文もスムーズにできる。
「じゃ、私はブレンド」
そして山田は話し始めた。
「いよいよ、これから中学生活が始まるけれど、これから中学と高校で、ロボットの研究者になるための基礎の基礎を作っていくことになる。その意味でも、今回、君が中高一貫教育の進学校に行ける事になったのはラッキーなんだ。どんどん先取り学習をしていく事だ」
頷くのび太。
「君は、この三年弱の間で、とても良い勉強のリズムを身に付けた。だから、中学高校で習う範囲は三年半もあればマスターできるだろう。それで、だ、その次の一年半で受験勉強もやりながら、大学で習う範囲の勉強も始めておく。これから先にやる事、やるべき事を知っているのといないのとでは、成果が全く違うからだ」
山田はそう言いながら、レポート用紙に線を引き、三年半後と、それからさらに一年半後のところに印を付けた。それを見て、のび太はあれ?と思った。
「中学と高校で、六年間ですよね?三年半と一年半だと、残りの一年間は何をするんですか?」
山田は片目を瞑って言った。
「大学で勉強するのさ」

7月1日(木)2004 作戦会議 


ドラえもん最終話リメイク (連載第32回)                         
 「それは…?どういう意味です?」
「高校三年は、スキップするってことだよ」
のび太は山田の言っている意味が分からなかった。山田が続ける。
「つまり、飛び級するってことさ。アメリカなんかで、よく九歳の子供が大学に入学した、なんて話しを聞くだろう?今の日本の制度だと、さすがにそこまではできないけれど、それでも、充分に成績優秀な生徒は高校三年をやらずに大学へ入学が許可される。それを目指すんだ。研究を始めるのは早ければ早い程いいからね」
のび太はやっと、山田の言っている事の意味を理解した。そして、それはのび太にとって、願ってもないことだった。一日でも早くロボットの研究者になって、一日でも早くドラえもんを直せるようになりたい。
「それ、やります!これで一年得する訳ですね?」
「うん。しかも、これだけじゃない。大学でも頑張れば、大学三年を終えたらすぐに大学院へ進学できる。大学院では修士課程を終えた後、さらに頑張って、博士課程を二年で修了することも可能だ。つまり本来、中学、高校、大学、大学院修士課程、大学院博士課程で、それぞれ、3年、3年、4年、2年、3年の、計15年かかるところを、12年で終わらそう、っていうことさ」
その日、のび太と山田は、のび太が三年分飛び級をし、24歳で工学博士号を取得してロボットの研究を始められるように、綿密に計画を立てていった。

 月日は流れ、中学三年間はあっという間に過ぎ去った。山田から時々貰う適切なアドバイスによって、のび太は、中学三年間、ずっと学年トップの成績を保ち続けた。また、部活の方でも、バスケットボール部の主将となった三年生のときには、部を全国大会一位へと導いた。地元の中学へ進学した小学校時代の友人達とは年に数回会う程度だったが、しずかとは土日だけ、一緒に図書館で勉強した。

 のび太の通った快晴中学は中高一貫教育校なので、のび太は殆どエスカレーター式に、高等部へと進学した。この頃にはすでに、のび太は大学の教科書を読んでいたので、高校二年の秋、担任の教師から、来春スキップをして大学入試を受けてみないかと言われたときには二つ返事で承諾した。

7月2日(金)2004 スキップ 


ドラえもん最終話リメイク (連載第33回)                         
 のび太は高二の冬を迎えた。山田はすでに日本の大学で助手の職を得ていたが、この頃はちょうど、イタリアに国費留学していて日本には居なかった。そのため、のび太は以前のように、頻繁に山田と会うということはなかった。しかし、E-mailやメッセンジャーサービスを用いて、山田は何かとのび太にアドバイスをくれていた。のび太はE-mailでの山田の指示に従って、受験する大学の過去問十年分を、覚えてしまう程何度も繰り返しやり込み、完全に問題の傾向を掴んでいた。もともと実力のあるのび太にとって、特別な受験対策などというものは、その程度で充分だった。

 正月もいつも通り、しずかと初詣に出掛けた。実力には絶対の自信があったので、のび太は大学入試が近づいても全くの平常心でいられた。センター試験、本試験ともほぼ満点でクリアし、のび太は17歳の春、一年飛び級して大学生となった。そこは、山田が助手を務めている大学だった。

 大学生になったのび太が大学のキャンパスを歩いていると、後ろから、誰かが肩を叩いた。振り返るのび太。そこには山田が居た。
「よっ」
「山田さん!いつ、帰国されたんですか?」
「一昨日、夜中の飛行機で成田に着いたとこ。それより、やったな!スキップ合格おめでとう!」
「ありがとうございます。ぼく、やりますよ!」
「よし!じゃあ、早速、作戦会議と行こうか。そこの建物の三階に私の研究室があるからついておいでよ。お茶でも入れるから」
のび太は山田と共に、入り口に工学部1号館と書かれた建物へ入った。エレベータで三階へ行き、とある部屋のドアの前まで行く。山田がポケットから部屋の鍵を取り出している間に、のび太は何気なく、その部屋のプレートを見た。そこには、助教授、山田真一と書かれている。
「あれ?山田さん、助教授って書いてある…」
山田が、ニヤリとして言った。
「うん、なんだか、助教授になっちゃったみたい」
「おめでとうございます!すごいじゃないですか」
「イタリア行ってる間に教授会で決まったらしいよ。助手の方が雑用が少なくて楽なんだけどさ」
山田は割と他人事だ。出世にはあまり興味が無いらしい。二人は山田の研究室に入った。研究室とは言っても、そこは山田個人のオフィスなので、机とコンピュータ、それに本棚と来客用のソファくらいしかない。
「まあ、座ってよ。お茶とコーヒー、どっちがいい?」
「あ、じゃあ、お茶で」
山田はコップを二つ出すと、粉末の緑茶を一振り入れ、電気ポットからお湯を注ぐ。それをのび太の前のローテーブルに置くと、自分はのび太の向かいに座った。

7月3日(土)2004 スキップ合格 


ドラえもん最終話リメイク (連載第34回)                         
 「君は本当によく頑張ったね。今年、スキップしてこの大学へ入学してきたのは君一人だけだそうだよ」
山田は、自分の入れたお茶をすすりながらそう言った。
「ぼくも正直、ちょっと信じられないような気分です。八年前に山田さんと出逢ったときには、九九もちゃんと覚えていないような劣等生だったぼくが、最難関と言われているこの大学に、本来なら高校三年になる筈の歳で入学できたんですから。もし、あのとき山田さんに出逢わなかったら、ロボットの研究者になるために何をしたらいいかも分からず、勉強の仕方さえもわからないままだったと思います」
山田はちょっと悪戯っぽく微笑みながらのび太に訊いた。
「のび太くん、なんで君はあのとき私と出逢い、君が必要とする情報を知り得たんだと思う?」
「それは…、偶然なんじゃないでしょうか?」
「私はそうは思わない。君が、どうしてもロボットの研究者になりたい、という強い意志と情熱を持っていたために私を引き寄せたんだと、私は考えている。こんな事を言うなんて、科学者らしくないと思うかもしれないが、私は実際に、何度もそういう事が起きるのを見ているし、私自身も経験している。これを最近の研究では”シンクロニシティ”と言うらしい。情熱を持って、自分の本当にやりたいことをやろう、と決心した人には、それを達成すべく、幸運な事がどんどん起きるようになるんだ。ただし、それは必然であって、決して偶然ではない。傍目には偶然に見えるけどね」
のび太は山田の話を聞きながら、そうかも知れないな、と思っていた。そして、のび太は訊いた。
「そういう事って、何故起きるんですか?」
「それは分からない。でも、潜在意識の研究で、”潜在意識に浸透した考えは全て実現する”というものがあるらしい。だから私は、情熱には、潜在意識を揺さぶる力があるのではないかと考えている。何故だかは分からない。けれども、”情熱を持って努力していると、それが実現するような幸運に恵まれる”という厳然とした事実がある。もしかしたら、それは神様が用意してくれた”隠しアイテム”のようなものなのかもしれない。まあ、原理はどうであれ、実際に便利な道具は使うべきだと私は思うよ」
のび太はその通りだと感じた。そして、かねてから疑問に思っていた事も訊いてみた。
「ところで、山田さんはどうして、ぼくにいろいろと教えてくれたんですか?お金を貰っているわけでもないのに、九九もできないような小学生に教えるのは正直苦痛だったと思うんですよ」
「それは、あのとき”ロボットの研究者になりたい”と言った君の目に、真実の光が見えたからさ。まさに、”情熱”を感じたんだ。それに、私自身、沢山の人に助けられてきたからね。私は、知恵とか、お金とか、あらゆる幸福とかいったものは、良い循環の中で大きくなっていくものだと考えている」

7月4日(日)2004 シンクロニシティ 


ドラえもん最終話リメイク (連載第35回)                         
 ”あらゆる幸福が、良い循環の中で大きくなっていく”、のび太には、山田の言ったその言葉の意味が分からなかった。これもまた、山田お得意の変わった喩えかもしれない。のび太は、率直に訊いた。
「それは、何かの喩えですか?」
「いや、比喩や喩えじゃなくて、本当にそうなんだよ。例えば、何らかの理由で腹を立てている上司が、五人の、それとは無関係な部下に当たり散らしたとする。そうすると、当たられた部下は当然良い気分ではないよね。で、もし、その五人の部下の中の三人は人間ができていて、そんな行為をする上司を憐れむだけだったとしても、残り二人がまだ人間的に未熟で、その上司の理不尽な振る舞いによる腹立ちを、さらに五人ずつ、別の人に当たったとする。このような事が繰り返されたとしたなら、いつしか、その会社全体、場合によってはその地域全体に、嫌な雰囲気が充満していってしまう。そうなれば、その嫌な雰囲気は、怒りの発信元の上司にも戻って来ることになる。しかも、その場合は往々にして利子がついて返ってくる。こうして怒りの循環ができあがってしまう。まあ、実際はそんなに単純な循環構造にはならないだろうけれど、だいたいモデルケースとしてはこんなところだ」
「ああ、なんか分かります、そういうの」
のび太が頷く。
「逆に、良い循環を作り出すこともできる。一人の人が周囲に親切にすることによって、親切された人がまた他の人に親切にし、その次の人もまた他人に親切にし…、という循環だ。そういう良い循環のある会社や地域は居心地が良いので、最初に親切にした人もまた、より暮らしやすくなる。だから、私はいつも、その良い循環を作り出す最初の一人になろうと心がけているんだ」
のび太は、この人と出会えた事を心から感謝した。そして、自分もそうありたいと強く思った。

7月5日(月)2004 循環 


ドラえもん最終話リメイク (連載第36回)                         
 山田はさらにつづけた。
「お金もまた、このような循環の輪の中を流れている。それは、ある部分が大きな流れになったり、また、別の部分が小さく流れたりしている輪だ。大きな流れが来ている業種や国、会社、個人を”景気が良い”と言う。小さい流れしか来ない所はその逆の状態だ。そして、それらの流れの大きさは、それぞれ絶えず変化している。血液の循環と同じように、この流れが健全なときは経済もうまくいっている。でも、誰かが流れを堰き止めたりすると、経済も健全ではなくなってしまう。お金そのものに善悪は無いけれど、お金は労働力を貯めたり分配したりする機能を持つ。いわば労働力が転化したもので、本来尊いものだ。この尊いものがスムーズに循環していると、人は、経済的な面では幸福でいられる」
山田はのび太の顔を正面から見て、訊いた。
「今、怒りの循環、親切の循環、お金の循環、と三つの例を挙げたけれど、それぞれによって生じる結果の違いが分かるかい?」
「そうですね…。怒りの循環は人を不幸にしてしまうけれど、親切やお金の循環は人を幸福にしますよね」
山田は頷いて言った。
「うん、つまり、良いものを循環させると人や社会はどんどん幸せになっていく。丁度、螺旋階段を上って行くようにね。そして、悪いものを循環させると、螺旋階段を下って行ってしまう。”善悪の基準”というのは難しいものだけれど、このことを逆に考えて、それを循環させたときに、より多くの人が幸せになれる事柄を”善”、不幸になってしまうものを”悪”と捉えてもいいんじゃないかとさえ思っている。要は、良いものをスムーズに循環させるということだ」
 のび太は、勉強に関してもそうだったな、と考えていた。劣等生だったのび太が、山田の指摘によって、まず九九を覚え、算数全般が得意になり、それに勇気づけられて、他の教科もできるようになっていった。ドラえもんとの友情を起爆剤にして。全ては螺旋階段を上るように、少しずつ上へ昇って行った。最初の一歩は小さくても、その方向が大切なのだ。一歩、上へ行くか、下へ下るか。小さな自信を得るか、小さな挫折を味わってしまうのか。そして、その最初の一歩を決めるのは自分自身なのだ、とのび太は思った。何故なら、”小さな成功体験”を自分自身でセッティングし、いつでも、どの地点からでも、その方向を変えることができるから。

 その日、のび太と山田は、そのような話しをしながら、また、のび太が大学を三年で終え、四年をスキップして大学院へ入れるよう、以前立てた計画を基に、より綿密な計画を立てたのだった。

7月6日(火)2004 スパイラル 


ドラえもん最終話リメイク (連載第37回)                         
 のび太、大学三年の春。ドラえもんが停止してから、丁度、十年の月日が流れていた。
 ある日、大学から帰ったのび太は、いつものように押し入れを開けた。家に帰るとすぐにドラえもんの顔を見るのが、ここ何年もの、のび太の日課だった。両親や友達には、ドラえもんは未来に帰ったと言ってあるため、動かなくなったドラえもんがママに見つからないように、ドラえもんは押し入れの中で、大きめの箱に入れて隠してあった。
 のび太が、押し入れの下の段に置かれている箱の蓋を開けると、そこに居るはずのドラえもんは忽然と姿を消していた。のび太は何が起きたのか一瞬理解できずにいた。しかし、すぐ我に返ると階段を駆け下りた。
「ママ、ドラえもん見なかった?!」
台所で夕飯の準備をしていたママは、二階から駆け下りてきたのび太に何事かと振り返った。
「ドラちゃん?ドラちゃんが帰ってきたの?」
のび太はその様子に、ママは何も知らないのだと悟った。
「いや、何でもないんだ。…本当に」
何かを思いついたのび太は、急いでまた二階の自室へと駆け戻り、机の引き出しを開ける。だが、そこは十年前、セワシとドラミが未来へと帰ったときにタイムトンネルを閉じ、普通の引き出しに戻って以来の、そのままの状態だった。

 何も入っていない机の引き出しの底を眺めながら、のび太は途方にくれていた。と、そのとき、引き出しの底が歪んだかと思うと、その中からセワシが顔を出した。
「セワシくん!」
驚くのび太。
「あ、おじいさん、お久しぶり。ところで、ドラえもんが動いたでしょう」
19歳になっているのび太に対して、セワシは小学生のままの姿だ。どうやらセワシの方は、未来に戻ってからそんなに時間が経たないうちに、また21世紀へとやってきたらしい。
「ドラえもんが動いた?!どういうこと?!」

7月7日(水)2004 何処へ 


ドラえもん最終話リメイク (連載第38回)                         
 「お兄ちゃんが動いたら未来にそれを知らせる信号が来るように、あたしが超時空発信機を取り付けておいたの」
突然、後ろから声がした。のび太が振り返ると、そこにはドラミが立っていた。ドラミの後ろにはいつの間にかチューリップ型タイムマシンが現われている。セワシは引出しから出てきて言った。
「ドラえもんは…、というより猫型ロボットは原子炉が停止してから10年後に、ある条件を満たしたときにだけ、原子炉に内蔵されている燃料電池を使って動き出すことがある。ただし、燃料電池での駆動だと、スリープ状態で記憶保持に使う電力の10年分を24時間で使ってしまう。ドラえもんの燃料電池は、原子炉が停止したときに30年間スリープできるだけの容量があったけれど、あれから10年経った今、このまま燃料電池で動き続けると二日後にはドラえもんは完全に停止して記憶も全て消えてしまうことになるんだ」
ドラミが後を続ける。
「だから、そうならないように、お兄ちゃんが動き出したら未来に信号を送るようにしておいたの」
「それじゃあ、ドラえもんは今、どこかで…」
呟くのび太にセワシが訊いた。
「おじいさんが家に帰ってきたのはいつ頃?」
「30分位前だけど」
「とすると、ドラえもんはそれ以前に家から出たことになる訳か」
「ママもドラえもんを見なかったようだから、ドラえもんが動き出したのはママが夕飯の買い物に出掛けていた間だと思う」
セワシが頷きながら訊く。
「それって何時頃?」
「いつも通りなら、夕飯の買い物は夕方の4時半から5時の間だね」
それなら、とセワシがタイムマシンに乗り込もうとしたそのとき、ドラミがセワシを止めた。ドラミは何やら、奇妙なメガネのようなものを掛けている。
「セワシ君、行ってはダメ。時空が不安定になっているわ」
「時空が不安定?どういうこと?」
のび太が訝って訊く。すると、ドラミの代わりにセワシが答えた。
「時間の流れの中で、”今”がパラレルワールドの分岐になっているかもしれないってことだよ。その辺りの前後数時間は、タイムマシンであまり何度も行き来してはいけないんだ。歴史が変わってしまったり、未来に帰ったときに自分が存在しない筈の世界に紛れ込んでしまう可能性があるからね。今、ドラミちゃんが掛けているメガネでそれが見えるんだ。時空が不安定になると、景色が何重にもぶれて見えるんだよ」
「ぶれて…?」
「のび太さんも見てみる?」
ドラミはそのメガネを外し、のび太に渡す。のび太が掛けてみると、なるほど景色が三重程にぶれて見えた。

7月8日(木)2004 時の分岐点 


ドラえもん最終話リメイク (連載第39回)                         
 「時空が不安定になっているとなると、タイムマシンを使わずに、ここから直接外へ行ってドラえもんを探すしかないな」
セワシの言葉にドラミも頷く。
「その、ドラミちゃんがドラえもんに取付けたっていう発信機の電波は辿れないの?」
と、のび太。
「いや、超時空発信機は、特定の時代へ直接電波を送っているだけだから、この時代では受信できないんだ。しかも、その電波の情報は大まかな日時だけだから、場所を特定することはできないんだよ。でも、大丈夫。ドラえもんの居場所はすぐに分かるから」
セワシがドラミに目配せする。ドラミはどこでもドアを取り出した。
「本当は、お兄ちゃんが動き出した直後にスイッチを切りたかったんだけど…」
そう呟くと、ドラミは、どこでもドアのノブに手を掛けた。
「お兄ちゃんのところへ!」

 「のび太くぅ〜ん!どこだ〜い?」
そのとき、ドラえもんはのび太を探しながら町内を歩いていた。ドラえもんの記憶は十年前で止まっているため、夕方になっても家に帰って来ない小学生ののび太を探していたのだ。
 そのドラえもんの目の前に、突然、どこでもドアが現れ、そこからドラミ、セワシ、そして19歳になったのび太の三人が出てきた。
「あれ、のび太君!セワシ君にドラミも

ドラえもんのコンピュータは、大人になったのび太の事も正確にのび太であると判断した。
「全く、のび太君、こんな時間までいったい…」
言いかけて、ドラえもんも何かがおかしいということに気づいた。
「あれ?のび太君、きみはどうして大人の姿に?未来から来たのび太君なの?」
のび太はたまらず、ドラえもんに抱きついた。
「ドラえもん!僕、きみに会いたかったんだよ」
次の瞬間、ドラミがドラえもんの尻尾を掴み、スイッチを切った。
「ドラミちゃん!」
のび太が、涙と鼻水で汚れた顔をドラミに向けて、非難の声を上げた。
「危ないところだった…」
ドラミは静かに、そう呟いた。

7月12日(月) 2004 束の間の再会 


ドラえもん最終話リメイク (連載第40回)                         
 三人掛かりで、スイッチの切れたドラえもんをどこでもドアに通し、のび太の部屋へと運び込む。のび太、セワシ、ドラミの三人は、のび太の部屋で横たわるドラえもんを囲んで座っていた。のび太が口を開く。
「ドラミちゃん…、さっき、ドラえもんのスイッチを切るときに、危ないところだった、って言ったよね?あれはどういう意味だったの?」
ドラミの代わりにセワシが説明を始めた。
「ネコ型ロボットの基本プログラムの原型は、労働ロボットのものを発展させて作られているんだ。遠い星で資源開発をしたり、そのままでは人の住めない惑星の環境を変えたりするために送り込まれるロボットだよ。そこでは環境が厳しいため、ロボットの故障は日常茶飯事だ。普通はそれでも、すぐに修理ロボットによって修理されるから、とりたてて問題は起きない。でも、場合によってはなかなか修理されない場合がある。辺境の星の開発では、労働ロボットは一台だけ、修理ロボットもいない、なんていう場合もあるし、アクシデントで同時にみんな壊れてしまった、なんていうこともあるかもしれない。そこで、例えば、今のドラえもんみたいに原子炉が故障した労働ロボットは、原子炉内の補助電源を利用して、作業の進行状況記録を保持したまま、引継ぎのロボットが来るのを待つんだ。でも、10年間スリープして待っても助けが来ない場合、残りのバッテリーを全て使って、遠い地球へデータを送るようにプログラムされていた。そして、一旦データを地球へ送ったら、データの重複による混乱を避けるために、自分のデータを消去し、永久に停止してしまう。そのプログラムの名残で、ネコ型ロボットも原子炉故障から10年放っておかれると、燃料電池で動き出す場合があるんだ」
「動き出す場合がある?っていうと動き出さないこともあるの?」
のび太の問いにセワシが答える。
「うん。実は、ほとんどの場合は動き出さない。基本プログラムの原型が労働ロボットと同じとは言っても、ネコ型ロボットのものは原型を留めない程改良を加えられていて、めったにそんな原始的な行動に出ることは無いんだ。ある状況を除いてね」
セワシは一呼吸置いてから、話を続けた。
「その、ある状況っていうのは、例えば、よっぽど気がかりな事があった、とか、凄く重要な使命を任されていた、とかいったような場合だよ。ドラえもんは、おじいさんの事をとても気にしていたから、きっと動き出すだろうと思って、ドラミちゃんと監視していたんだ。動き出したドラえもんが今のおじいさんを見て安心したら、自分の記憶を自ら消してしまうだろうから。そうなったら、もうタイム風呂敷を使ったとしても、ドラえもんの記憶は戻らない…。これを、昔の労働ロボットの引継ぎプログラムになぞらえて、”引継ぎモード”と言うんだ」
「別名、”お別れモード”…」
ドラミがぽつりと言った。

7月16日(金) 2004 プログラムの原型 


ドラえもん最終話リメイク (連載第41回)                         
 「ドラミちゃん、ドラえもんにタイム風呂敷を…」
セワシの言葉に、ドラミは頷いてタイム風呂敷を取り出した。のび太が訊く。
「ドラえもんに何をするの?」
「今日、十九歳ののび太さんに会った記憶を消しておかなくちゃいけないの。スイッチを切る直前にのび太さんに会ってしまったから。いつか、のび太さんがお兄ちゃんを修理できるようになったときに、その記憶が干渉して、”引継ぎモード”の悪影響が出ないようにしておかなくちゃ」
そう言うと、ドラミは、ドラえもんにタイム風呂敷を掛けた。

 そして、セワシとドラミは未来へと帰って行った。のび太の机の引き出しも、元の、ただの引き出しに戻ってしまった。”引継ぎモード”に関しては、タイム風呂敷で時間を戻してもその履歴は消えないために、もう二度と発動することはないそうだ。のび太は、押し入れの中の箱に戻されたドラえもんを眺めた。
「ドラえもん、君はそんなにも僕のことを心配してくれていたんだね…。君の事は必ず僕が直すから、待っていておくれよ、ドラえもん」

 のび太はそれから、これまでにも増して頑張った。当初の計画通り大学も三年間で終え、さらにもう一年スキップして二十歳で大学院の修士課程に入学した。そして、修士課程二年目には、指導教官である山田との共著で数多くの論文を書くようになっていた。その後、博士課程へと進学し、学振と呼ばれる返済義務の無い奨学金や研究補助金を得るようになった。そのため、のび太は経済的にもある程度の自由を得ていた。そして、博士課程の最初の一年目で学位論文を書き上げたのび太は、博士課程二年目の冬、僅か二十四歳で工学博士になった。

 ある日、のび太は山田に呼ばれた。山田のオフィスのドアをノックすると中から返事が聞こえた。ドアを開けて中に入るのび太。
「お呼びですか、山田さん?」
「のび太君、留学してみない?」
山田が唐突に切り出した。

7月17日(土) 2004 工学博士、のび太 


ドラえもん最終話リメイク (連載第42回)                         
 「留学ですか?」
のび太は思わず聞き返した。
「うん、君ももう博士を取得したことだしね。今、キャルテクでちょうど良いのがあるんだよ。半年間のポスドク(ポストドクター)で、給料も月額3000ドル程出る。3000ドルっていうと、日本円で大体30万円位だから十分生活もできるしね。いいよー、カリフォルニアは暖かくて」
キャルテク(カリフォルニア工科大学)と言えば、科学技術系の研究では世界の中心の一つと言って良い。そんなところで研究ができるなんて夢のようだ。しかもお金まで貰えて。
「行きます」
のび太は二つ返事で承諾した。山田はニヤリと笑って言った。
「そう言うと思ったよ。じゃあ、急だけど、2月15日付けでカリフォルニア入りだからね」
2月15日というと、あと三週間も無い。ふと、のび太の脳裏にしずかの事がよぎった。半年か…。

 その週末、のび太はしずかを連れて、冬の湘南へドライブに出掛けた。海岸近くの駐車場に車を停め、人っ子一人いない砂浜を歩く。
「寒いわね」
うん。と応えたきり黙り込むのび太。ただ、砂浜を歩いて行く。しずかも、のび太について歩く。やがて、のび太は突然立ち止まり、うつむき加減だった顔を上げて言った。
「もうそろそろお昼だね。何か食べようか」
「ええ」
のび太としずかは車で鎌倉へ移動し、和風の甘味処へと入った。きな粉餅を頬張りながら、のび太は向かいに座っているしずかに視線をやった。
「ねえ、しずかちゃん」
「何?」
「け、けっこん…」
「え?」
「け、けっこう、美味しいね、これ」
「ええ、美味しいわね」
しずかはにっこりと微笑んだ。

7月28日(水) 2004 甘味処 


ドラえもん最終話リメイク (連載第43回)                         
 のび太は結局、しずかに伝えたい事を何も言えないまま帰途に着いた。帰りの高速道路でも、のび太は何度か口を開き掛けたが、それも言葉にはならない。そのうちに、のび太たちの地元である練馬に着いてしまった。のび太はしずかを自宅前まで送り届けると、運転席の窓を開けた。
「じゃあ、しずかちゃん今日は楽しかったよ。また明日の朝」
「ええ、ドライブに連れて行ってくれてありがとう。また明日ね」
いつの頃からか、のび太の日課である朝のジョギングに、しずかも付き合うようになっていた。のび太は軽く片手を挙げてしずかに合図を送るとアクセルを踏んで走り出した。しずかは走り去るのび太の車を見送り、そして一言呟く。
「のび太さんの意気地なし」

 次の朝、のび太達はいつものジョギングコースを変更し、学校の裏山へ登った。のび太としずかは、去年切り倒された千年杉の切り株に立ち、日の出を待つ。やがて地平線に黄金色の点が表れ、それはみるみるうちに大きくなっていった。のび太が横を向くと、朝日に照らされたしずかの横顔が見える。風になびいたしずかの髪が朝日の光を受けて輝いている。のび太の心は不思議と落ち着いていた。
「しずかちゃん、僕、来月の半ばからアメリカへ留学することになったんだ」
しずかはのび太の言葉に、驚きを隠さず言った。
「随分、急なのね。期間はどのくらいなの?」
「一応、半年。だけど、向こうで成果を出せば、もう少し居られるかもしれない」
「そう…」
「うん、だから、僕、君を連れて行きたいんだ」
「えっ?」
「つまり…、その、僕と結婚して下さい」
「はい」
即答、それも、これ以上はない、というくらいの即答だった。
「え?いいの?」
「はい」
しずかの手を取るのび太。
「良かった〜。僕、君を必ず幸せにするよ!」
「それは当然よ、のび太さん!」
二人は顔を見合わせて、笑った。

7月29日(木) 2004 プロポーズ成功 


ドラえもん最終話リメイク (連載第44回)                         
 次の週末、のび太は早速、しずか宅を訪ねた。いつも源家を訪れるときには普段着ののび太も、今日はスーツ姿だ。玄関まで出迎えたしずかにコートを預け、のび太が居間に通されると、そこにはしずかの両親がソファーに座って待っていた。のび太の後について、しずかも居間へ入る。
「ご無沙汰しております」
「やあ、のび太君、よく来たね。まあ、座って下さい」
促されて、のび太がしずかの両親の向かい側のソファーに腰を下ろすと、しずかもそっとその隣に座った。テーブルの上にはビールが用意されている。
「まあ、一杯どうかね」
「あ、頂きます」
しずかの父親がのび太のグラスにビールを注ぎ、お返しにのび太もしずかの父にお酌する。
「のび太君は来月からアメリカへ留学するんだって?」
「ええ、急に決まりました。半年の予定ですが、もしかしたら一年になるかもしれません。それで…、今日はしずかさんを連れて行く許可を頂きに参りました」
「そうか、しずかももうそんな年頃になったんだね…。ええ、いいでしょう。君の事は子供の頃から良く知っている。君のような青年になら、娘を安心して任せることができるよ」
居住まいを正すのび太。
「お嬢さんを僕に…」
しずかの父が、あわててのび太を制する。
「いやいやいや、もう、いいから。そういうのは、ね。照れくさくていかん。母さんもいいよね?」
今まで黙っていたしずかの母が口を開いた。
「よござんす、差し上げましょう」
顔を見合わす一同。しずかがフォローする。
「ママったら、夏目漱石の読み過ぎよ」
「一度、言ってみたかったのよね、これ」

7月30日(金) 2004 心 


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