2004年 8月

ドラえもん最終話リメイク (連載第45回)                         
 のび太としずかは、にわかに忙しくなった。カリフォルニア行きの準備のために荷物を纏め、梱包し、航空券の手配をし、式場を予約し…、と、やることが沢山ある。その他にも、のび太は、住居手配のための向こうの事務局とのやりとり、キャルテクへ着いてすぐに予定されている学内での親善発表用資料作成などをしなくてはならなかったし、しずかには、現在勤めている会社を辞める手続きや、結婚式のための衣装合わせなどがあった。幸い、パスポートに関しては、のび太は先月イギリスで行われた学会発表に参加した際に、しずかは去年の末に海外旅行をした際に、それぞれ取っていたので問題は無い。挙式は6月上旬に一時帰国して行うこととし、今回は籍だけ入れて、アメリカへ旅発つことになった。

 この二週間程は随分と慌ただしかったが、どうやらそれらすべき事をクリアして、明日はいよいよ出発の日となった。のび太としずかは明日昼頃の飛行機でカリフォルニアへと向かう。のび太としずかにとって、今夜が各々の家族と過ごす最後の晩だ。

 「ええ、のび太さん、明日はパパが車で成田まで送ってくれるそうよ。それじゃあ、明日の朝九時に、のび太さんのお家の前まで迎えに行くわ。ええ、じゃあ、また明日。おやすみなさい」
のび太との電話を切ったしずかは、機内に持ち込む手荷物のチェックを始めた。そのとき、ふと、本棚にあった古いアルバムが目に留まり、しずかは何の気なしにそのアルバムを手に取った。そこには、まだ幼い頃のしずかと、若い両親が写っていた。『おおきくなったら、パパのお嫁さんになってあげる』、その写真からはそんな言葉が聞こえてきそうに思える。
 しずかは自分の部屋を出ると、そっと父親の書斎を覗いた。父は部屋の灯りを落とし、机上のスポットライトだけで、いつものように本を読んでいた。
「パパ」
声を掛けたしずかに父が気付き、ゆっくりと振り返った。
「しずか、まだ起きてたのかい?今夜はゆっくり寝ないと、明日は長旅だからね」
しずかは、父や母の優しかったこと、どれ程自分を大切にしてくれていたのか、などを思い出していた。今夜は、その優しい両親の元で暮らす、最後の晩なのだ。そう思うと、急にしずかの目から涙が溢れてきた。
「パパ、あたしやっぱりお嫁に行くのやめる」
泣きじゃくりながらそう言うしずかに、しずかの父は優しく言った。
「どうしたんだい?のび太くんのことを好きじゃないのかい?」
「のび太さんのことは好きよ。でも、パパとママを置いて行けない…」
「パパもママも、きみに置いて行かれるなんて思ってはいないよ。しずかはいつでも、パパとママの心の中に居る。きみは出て行くんじゃなくて、新しい、のび太くんときみの家庭を作りに行くんだ。きみみたいに素晴らしい娘を育てさせてもらって、私達は神様に感謝している。それにもし、会いたくなったら、いつでも会いに来たらいい。お嫁に行っても、しずかがパパとママの娘であることに変わりはないんだから。私達はいつでもここに居るからね」
「パパ…」
「のび太くんを選んだきみの判断は正しかったと思うよ。あの青年は、人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね」
「パパ、ありがとう。私…、行ってきます」

8月6日(金) 2004 出発前夜 


ドラえもん最終話リメイク (連載第46回)                         
 のび太はカリフォルニア工科大学での研究で成果を上げ、当初半年だったはずの滞在期間は結局、二年間にも及んだ。最近ではしずかもすっかりアメリカの生活に慣れ、地域の主婦コミュニティーで編み物をしたり、ボランティア活動を楽しんだりしていた。そんな折り、山田からのび太に一通のeメールが届いた。内容は、日本でのび太が所属する大学で、帰国した際はのび太を助教授として受け入れる事が教授会で決まったというものだった。のび太は、このままアメリカで研究を続けたいという気持ちも多少はあったが、のび太のそれまでの研究にちょうどキリが付いたところだったという事もあり、帰国を決意した。

 アメリカ滞在最後の週、のび太としずかは、ほぼ連日、同僚や親しくなったご近所が開いてくれたお別れパーティーに出席することになった。くたくたになりながらも、荷物を日本へ送ったり住居を引き払う手続きをしたりし、どうにかこちらでの仕事を全て終えた。明日は帰国の予定だ。

 のび太としずかは搭乗のためのパッキングも終え、自宅のソファーに並んで座っている。テーブルの上には赤ワインとワイングラスが二つ。壁に取り付けられた間接照明は部屋をやわらかく照らしている。のび太がワインをグラスへ注ぐ。
「しずかちゃん、お疲れさま。いよいよ明日は日本だね」
「のび太さんこそ、お疲れさまでした。この二年間は長いようで、なんだか短かったわね」
「うん、日本を発ってから20行くらいしか経っていない感じがするよ」
二人はチンと音を立てて乾杯した。

 帰国後、助教授となったのび太はますます研究に精を出した。そして、ドラえもんの修理も密かに、しかし着実に進んでいった。

8月27日(金) 2004 助教授、のび太 


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